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やっぱり農村

メニエール病克服のためにせっせと歩き出してから早や5年。今では青空が見えるとうずうずする。夫も新しいハイキングコース開拓に目覚め、この数年は2人でせっせと歩いている。

私たちの住まいは放牧地や畑に囲まれているので、近所を歩くのも楽しい。馬や牛や鶏のほか、アルパカ、羊、ハイランド牛なんかもいる。うちの目の前の牧草地にも羊の群れが来たことがあり、羊飼いが村のあちこちの牧草地や畑を周っているようだ。ひょっとしたら、私たちがいつも食べているBioヨーグルトのお乳を出してくれている羊たちなのかもしれない。

2~3年ほど前、小川のほとりに立つ1本の木が両側からかじられているのを見た。ビーバーの仕業のように見えるけれど、こんなところに?と不思議に思っていた。そのあとしばらくして、チューリヒに向かう電車の窓から見える小沼でもかじられている木を目撃。そのうち、かじられている木の数がどんどん増え、倒木も目立つようになった。この小沼は隣村との境にあり、自然保護区域になっている。夏は草が覆い茂ってうっそうとしているので、1~2回しか行ったことがなかった。ビーバーがいるという話も聞いたことがない。でも、これはビーバーの仕業以外に考えられないと思い、ネットでしつこく調べてみたら、やっぱりいた!のだ。何頭いるのかわからないけれど、あれだけの木が倒れているのだからきっと家族で棲んでいるのだろう。いつか行ってみよう。そう思い出してからもう半年は経つかもしれない。昨日やっと行く機会をつかみ、隣村までてくてくと歩いた。

そばで見ると迫力がある。ビーバーは太い木もがしがしと削っている。周りにはチップ状になった木の端がたくさん落ちている。夜行性なのでたぶん遭遇できないだろうとは思いつつも、ゆっくりと歩きながらときどき沼の中を覗き込む。きっと、のんびり寝ているんだろう。水面を揺らすのは水鳥だけだ。

小沼に流れ込む小川の少し上流の方には巣らしきものもあった。もう少し暖かくなったら、早朝散歩に出かけてみよう。

年の初めに

光陰矢の如し。

時が過ぎるのは、確かに何百年も前から矢のように速かったようだ。去年はなぜか特に速かった。

春から秋にかけて興味深い通訳の仕事を何件かさせていただいた。春は雪に見舞われ、夏は猛暑に、秋は雨に見舞われた。でもいつもながら、どのクライアントもとても親切で礼儀正しく、気持ちよくお仕事をさせていただいた。やっぱり人と関わるのは楽しい。普段、独りでPCを相手にしているだけだから余計そう感じる。

プライベートでも、去年は意図して普段会わない人と会うようにしたおかげで、数年ぶりの再会や、初めて二人で会ってゆっくりと話をする機会があった。大勢でワイワイするのも楽しいけれど、二人きりで話すのはやっぱりいい。お互いの人となりがよくわかる。遠くへ出かけるのも楽しい。フランス語圏に行くときはちょっとドキドキするけれど。

今年はどんな年になるのだろう。食事も仕事もきちんと噛んで飲み込むようにしたい。人とのお付き合いも同じかな。

年末は霧の中に飲み込まれる日が何日も続いた。暗い日々の中、木々に張り付いた霜がとても美しかった

霧を脱出して2000メートルくらいの山へ。霧の上はこんな晴天。眼下には霧の海が広がる

新しい秤

これはキッチンで35年間使っていた秤。いろんなものを量ってきた。ここ数年、精度がだんだん疑わしくなってきていたけれど、さして支障もなかったのでずっと使い続けてきた。

ところが、昨冬辺りからどんどん太り出してきたルーシャのダイエットを始めてから、エサの量をもう少し正確に量りたいと思い、夫と相談してやっぱり新しい秤を買おうということになった。人間が食べるものよりネコが食べるものを正確に量るため、という動機がちょっと笑えるが、かくして35年間お世話になったアナログ秤とお別れすることに。使っていたときは、もちろん特に何の感情もなかったけれど、いざおさらばと思うと何だか手放しがたい。夫は、じゃあとっといたら?と言うけれど、器もひびが入っているし、それじゃあ新しい秤を買った意味がない。

で、こっちが我が家の新しいデジタル秤。竹製でこぢんまりしている。器を載せた後に左側のボタンを押せば、ぱっとゼロにメモリを合わせられるところが嬉しい。おかげで朝一番にルーシャにエサをあげる夫もきちんと量を量るようになった。これで冬の間、やることがないからエサをねだりに来るルーシャに厳しくダイエットさせられる。

森の中は今、キノコだらけ。でも、どれも食べられる代物ではなさそう。緑が目に鮮やかな苔の絨毯から小さなキノコがにょきにょきと生えているのは何とも愛らしい。夫と一緒でなければ半時間くらい、ハイキング道の脇を行ったり来たりして、苔むした森やキノコの群れに見惚れているかもしれない。

近所の塀に絡まる蔦の葉も赤味が増してきた。日が短くなり、気温が下がっていくのはすごく寂しいけれど、秋の味覚や黄葉・紅葉は楽しみだ。もう少し晴れ間が多くなってくれると、ハイキングももっと楽しくなるのに。

 

 

 

 

 

秋の始まりはアルプスと森にて

汗だくの農家訪問を終えた後は、久しぶりに会う友人知人との時間をしばらく楽しみ、それから9月初旬のハイキング休暇まで仕事に追われた。その間も、気になる山の天気予報を何度も見てはため息をついていた。曇りやら雨のマークばかりなのだ。でも週間天気予報はあまり当てにならない。ましてや、山の天気は変わりやすい。と自分を慰めているうちに、天気予報はだんだん上り坂になり、休暇を終えてみると結局全日雨になったのは1日だけ。着いた日は真夏のような暑さだったし、最後の土曜日もまた汗をかきながらのハイキングになった。

到着日は催し物があって車両通行止めになるというので早めにグリンデルワルトに到着。トライヒラーと呼ばれるカウベルを鳴らす団体がいくつも集まってパレード

ロープウェイに乗ってフィルストまで行き、そこから1時間くらい歩くともうバッハアルプゼー。この辺りでは牛もたくさん放牧されていて、アルプケーゼと呼ばれる高山で作るチーズも作られている

かの有名なアイガー北壁、メンヒ、ユングフラウを目の前にかしこまるクライネシャイデック

行き先はベルナーオーバーラントのグリンデルワルト。30~40年前は日本人観光客であふれかえっていた場所だ。今はインドや中国、韓国、中東からの観光客が多そう。出発する数日前に、国営テレビのある番組でちょうどグリンデルワルトやインターラーケンのオーバーツーリズムについて報道していた。その中で、グリンデルワルトに住むある高齢の女性が「日本人たちが勝手に私の庭に入り込んで、写真を撮ったりしていくのよ!」と怒っていた。でも、それを聞いた私も怒った。それは絶対に日本人じゃないと思ったからだ。その時は、今の円安じゃあ誰も日本から観光に来ないよ、と思ったし、来ていても日本人はまずそんな無礼なことはしない。と思う。長年グリンデルワルトに住んでいるのなら、そのくらいのことは知っていて欲しい、と思った。

ブスアルプまでバスで上り、帰りは徒歩で。あちこちでまだ牛がのどかに草を食んでいる

ブルーベリーかな?葉っぱが赤く色づいて美しい

そういう話をホリデーアパートの家主の女性にしたら、彼女は「私たちは日本人と他のアジア人を区別してるのよ」と言う。正直、嬉しかった。

話は少し飛んで、今週は泊りで3日間、毎年恒例のフォレスター研修の仕事へ行っていたのだけれど、そこでも同じような話を聞いた。いつもお世話になるドライバーさんと雑談していたら、彼もやっぱり日本人はとてもきちんとしていて、ほかのアジア人と全然違うと感心していたのだ。私から見ても、若い人もみんな礼儀正しいし、レスペクトを感じる。

さて、話をグリンデルワルトに戻すと、初外食の夕食は村はずれにある山小屋風の小さなレストランでピザを注文。丁寧に手作りしているのが分かる品で、応対もよかった。次の日はインドレストランがあるというのでそこへ行ってみた。で、がっくり。まさに観光地の味と対応。やっぱり国際的な観光地ではこんなものか…と残念に思ったけれど、その後もいくつかレストランに入った後の感想としては、ここ以外はどこも美味しく、親切な応対だった。例の家主さんにインドレストランの話をしたら、顔をしかめて、定期的に店で働く人が変わるのよねと言う。人材をインドから一定期間連れてくるのだろう。スイスにあるイタリアンレストランではウエイターが全員イタリア人ということも少なくないけれど、だいたいみんな愛想がいいし、もちろん美味しい。ここのインドレストランでは人がスレているというか、仕事に対する情熱が少しも感じられなかった。

グリンデルワルト周辺では、山の中腹やてっぺんにあるレストランでも、えっ!と思うようなハイレベルもあり、意外な一面を垣間見た。交通機関で簡単に行けるクライネシャイデックやメンリッヒェン周辺は観光客が多くにぎやかだが、反対側は日本によくあるような人工物に頼る観光地になってしまったフィルスト周辺を除けば、ブスアルプやグローセシャイデックは静かで、のんびりとハイキングを楽しめる。

1週間たっぷり歩いて家に戻り、もう1週間自宅でのんびり過ごしたかったけれど、フォレスター研修の前に片づけなければならない仕事が2つできて、結局ほぼPCにかじりつきっぱなしだった。それを片付けた後は研修の準備。そうしている間になんだか体調がおかしくなり、食事の量を抑え、横になったりして体と頭を休めるようにし、何とか研修に向けて出発。そういう話を研修の後半を担当するもう1人の通訳の女性にしたら、翻訳って神経使うんだねぇ、と言われ、今まで考えたこともなかったけれど、時間がかなり限られると、なるほど確かにそうかもしれない。

今年の10月初旬は寒く、雨も多い。研修で学生のみなさんも体調を崩さないか、ちょっと心配だ。まぁ、私よりいくつも若いから大丈夫かな。でも、30度の日本から10度のスイスへ、そしてまた1週間後には30度の日本へ、はキツそうだ。昨日は森も北風が強かったかもしれない。前半は土砂降りのときもあった。今はみなさん、もう帰りの飛行機の中。1週間のスケジュールを無事終え、ほっとしている頃かな。お疲れさまでした。

スイス一のっぽのダグラスを見に

スイスの農家の意外性

お盆の前後、スイスの農家の視察・ヒアリングに同行して通訳をさせていただいた。事前に訪問先を見繕い、アポイントを取る。農業関連の通訳の経験はあるものの、もう十何年も前の話で、その時はアポを取る必要もなく、ただ同行して通訳をしただけだった。

先輩通訳から訪問先探しの情報をもらうと同時に、家の近所に適当と思われる農家がたまたまあり、たまたまネットでメールアドレスも見つけたので連絡を取ってみたところ、すぐにOKの返事が来た。中山間農家も訪れたいとのことだったので、ウェブサイトを設けている近くの山間部の農家にいろいろと当たり、紆余曲折はあったものの、チューリヒ州での訪問先は比較的早く決まった。

残るは土曜日に訪れたいベルン州の農家。1軒はすぐに決まったが、最後の1軒がなかなか見つからない。夏休み中でもあったし、穀物や飼料になる草の刈り入れなどで忙しい真っ只中でもあったからだろう。5~6軒に断られたが、どこも受け入れたいけれどスケジュール的に無理だという返事だった。明らかに関心なしというのは唯一、「俺はそんなことはやらん」と言い放って、私がまだしゃべっている途中でがちゃんと電話を切った男性のみ。皆さん、寛容なのに実際驚いた。

いくつかの農家で「どうしてこんなに簡単に引き受けてくれたの?」と聞くと(農家ではすぐに名前で呼び合い、打ち解けた話し方になる)、「面白そうじゃない。それに、日本の農業についても話が聞けるかもしれないし」という答え。忙しい最中に訪ねているのに、どこでも温かく出迎えてくれて、延々と続く質問に丁寧に答えてくださった。

自分自身も若かりし頃、外国の農場で働いた経験を持っていたり、子どもたちが外国での労働経験をしていたり、という農家も珍しくないようで、中には英語がペラペラの人もいた。今回いろいろな農場へ行って、目からうろこの思いだ。

また、これまで農家はただ牛を飼ったり野菜や穀物を栽培しているだけだと思い込んでいたけれど、直接支払いなどの支援金を受け取るための事務的な作業もたくさんこなさなければならないし、みなさんの話を聞いて農業従事者と世間一般の考え方のズレがどういうところにあるのかも理解できたような気がする。私自身、いろんな意味でとても勉強になったお仕事でした。

今年はかわいい朝顔がいくつも花を開かせた