I Saved The World Today

以前、耳にしても何とも思わなかった、むしろあまり好きではなかった歌が突然琴線に触れることがある。

車での移動中に、懐かしのメロディーばかり聞かせてくれるラジオをよく聴く。最近、EurythmicsI Saved The World Todayを聴いて、すっかりはまってしまった。物悲し気なメロディーが耳の奥にこびりついて離れない。歌詞はさてどんなものなのだろうかとちょっと調べてみた。難しい内容ではないけれど、私の英語力ではどんな風に理解したらいいのか、ちょっと自信が持てない。日本語訳を見てみると、いかにも直訳(機械訳?)っぽいものから大幅な意訳までいろいろ。ふ~ん、こんな風に理解するのかと思いつつも、やっぱりちょっと納得がいかず、ドイツ語訳も見てみる。英語からはドイツ語に訳した方が私にはわかりやすいこともある。そして最後に英語での解説を探して読んでみた。

この1曲の歌詞を理解するための短い作業でわかったことは、当たり前かもしれないが、歌詞の訳も千差万別であり、つまり人ぞれぞれ理解の仕方がまったく異なるということだった。一番納得がいくのはDave Stewartにインタビューしている英語のサイトSongfact.comの説明だ。「すごく皮肉っぽい」と彼が言っているというのを読んで、やっぱりそういうことか、と納得した。そのあともう一度この曲を聴いたら、涙が止まらなくなった。

物理的な距離は何千年経ってもほとんど縮まることはないかもしれないけれど、現代文明は地球をどんどん小さくしている。どこにいても世界の出来事を知ることができる。あちこちで悲惨な出来事が起こっている中で、自分は安全に安息に暮らしている。そのことに少しばかり良心の呵責を感じても、自分の生活は少しも変わらない。どこかにちょっと寄付金を送るくらいだ。

元旦の大震災、2日の飛行機事故と、日本でも悲しい出来事が続いている。だから、余計センチメンタルになっているのかもしれない。

元旦は強風の雲が多い日だった。村の森の中を歩きに行ったら、少し前の方で鹿が一匹道を横切っていった

冬本番

先週の金曜日はざあざあと雨が降る中、仕事仲間でもあり、良き友でもある女性と、傘を差し、隣駅から我が家まで1時間ほどおしゃべりをしながら歩いた。

その夜、雨は雪に変わり、翌日もずっと降り続いた。週末はいつも夫と1万歩前後歩く。この土曜日はうちの近所を一回りした。前日、友だちと歩いた雨の畑道はすっかり雪に覆われて模様替えを済ませていた。

最近は雨が多く、この辺りに何本も流れている小川はどれも増水している。昨日の日曜日から最高気温も氷点下という寒さになり、雪も止んだので、しばらくはこれ以上水かさが増すこともないことだろう。昨日はまた一日中青空が広がり、都市部の近くの小さなスキー場にも30センチほどの積雪があったので、どこも大賑わいだったようだ。

去年は確か雪があまりなく、近隣のスキー場はどこも閉鎖されていた。私たちも一昨年始めたクロカンに一度も行かずじまいだった。今年はぜひまた再開したいなぁ。

夏から秋にかけて、今年はなかなか忙しく、翻訳でも通訳でもいくつか面白い仕事をさせていただいた。100パーセント満足できることはなく、能力の限界を感じることの方が多いけれど、1年の締めくくりとして寛大なクライアントと楽しい時間を過ごさせていただいたことに感謝するばかりだ。

あと数年はこのまま仕事を続けていこうと思っているけれど、市場の需要が無くなれば仕方がない ― ということを先日、かかりつけの婦人科のお医者さんに言ったら「僕たちも同じだよ。患者に見切りをつけられたら終わりだよ」と返ってきた。このお医者さんにももう長いことお世話になっている。定期検診で1年に1回会うだけなので、毎回「仕事してるの?」とか「兄弟はいるの?」とか聞かれる程度の間柄なのだけれど。

彼は70歳を過ぎ、今は仕事を70%に減らしている。あとを引き継いでもらう女医さんも数年前に見つけ、少しずつ引退の準備はしているけれど、やっぱりこの仕事が好きで、完全に身を引くのは数年先のよう。ここ最近はベビーブーマーの頼りがいのあるお医者さんたちが次々と引退していくので、私はちょっと先行き不安だ。なるべく自分で健康を維持できるよう、やれることはやっているつもりだけれど、なかなか思うように事が進まず、がっくりしたりイライラしたりすることも。市場の需要と同じで、自分ではどうすることもできないと観念するしかないのだろうか。

新鮮な歯医者さんとの会話

秋休みは広々とした環境の中にある、朝食も夕食も外のテーブルで取れるフィンカでゆったりと過ごしたせいか、帰ってから自宅のキッチンの使い勝手さえ忘れてしまうほどリラックスできたようだった。日本では1週間の休暇でも長い方だと思うけれど、スイスでは2週間、長いと3週間休みを取ることもある。これまでは2週間くらいどこかで過ごすと本当に頭を切り替えることができ、心も落ち着くと感じていた。マヨルカで過ごしたのは1週間きりだったのに、なぜあれほどリラックスできたのか。鳥のさえずりを聞きながら、そして朝陽や夕陽、星や月を眺めながら、朝食や夕食を取り、昼間は海で泳ぎ、山の中を歩き回ったせいなのか。これも自然の恵みなのだろう。

マヨルカではサイクリングも盛ん。くねくねした山道を自転車で走る人を避けながら車で山の中に入り、印象的な風景を楽しみながらハイキング

休暇から戻り、おそらく今年最後と思われる通訳の仕事を済ませた後は、歯医者さん通い。その昔、夫一家がお世話になっていた男性の歯医者さんが引退し、その後、その場所を引き継いだ若い女性歯医者さんにずっと歯の治療をしてもらっている。歯に衣を着せず、はっきりとした考えを持つ、自分にも人にも厳しい美人だ。

例えば美容院ではカットしてもらっている間ずっとおしゃべりができるけれど、考えてみたら歯医者さんとはあまりおしゃべりできない。お医者さんは話せるけれど、口をあんぐりと開けている患者は話せない。これまでほとんどおしゃべりしてこなかったけれど、あることをきっかけに先日は30分くらいいろいろと話をした。

彼女は厳しい歯医者さんだが、(だから?)腕はいい。私の歯はあまり丈夫ではなさそうなので、死ぬまで彼女に面倒を見てもらいたいと密かに思っていた。なのに、彼女は来年前半くらいで引退するという。デジタル化や人手不足で、個人で小さな歯科医院を経営していく負担が増すばかりなのだそうだ。彼女はおそらく完璧主義者なので、時間を気にせず丁寧な治療をする。妥協を許さないから、その分もちろん自分に負担をかけているのだと思う。指や手が痛み、心発作にも何回か襲われた。この仕事が好きで、本当は定年近くまでもう少し働きたいけれど、もう体や心がついていかない。そんな話や、育った家庭環境、パートナー関係から今後の社会に対する見方まで、いろんな話をしてくれた。そして、ジョークを言い、明るく笑った。そんなことはこれまでにほとんどなかったので、何となく嬉しい気分になり、あちこち麻酔を打たれた口を歪ませて、私も笑うのだった。

キッチンの前の草原はもういつも朝靄の中

5年ぶりの搭乗

スイスの今年の夏は暑く、長かった。

まだ夏を思わせる10月半ば、5年ぶりに飛行機に乗った。目指した先は地中海に浮かぶ小島マヨルカ。この島の今年の夏も暑かったらしい。そして10月だというのに海水浴もまだまだできるし、起伏の激しい山岳地のハイキングでは、体中べとべとになるくらい汗をかくほどの陽気だった。さすがに今週くらいから20度を少し上回るくらいまで気温が下がるようだけれど。宿が取れなかったので、スイスの秋休みにかかってしまう時期になってしまったけれど、タイミングとしては悪くなかったのかも。5年前、10月初旬に行ったときは寒くてとても海には入れなかったのに。

前回、前々回は義妹一家や義母も一緒で、大きなフィンカを借りて、子どもたちも周りを気にすることなくはしゃぎまわった。今回は2人だけだったので、小さなフィンカを借りた。フィンカというのは元農家を改造した一軒家で、たいていプールもついている。元農家なので海辺ではなく、耕作地の真ん中にあるからだろう。周囲にはほかのフィンカもあるけれど、家の周りにはレモンやイチジク、オリーブの木などが生えている広々とした土地があるので、人影は見えない。隣りの犬の吠える声が聞こえてくるだけだ。

フィンカというのは大きな家ばかりだと思っていたので、2人用のものがあると知って驚いた。入り口を入るとすぐにキッチンとリビングがあり、その向こうにオープンのトイレとシャワールーム、一番奥に寝室がある。外側にもトイレが1つあるので便利だった。洗濯機、ガスグリルもあり、長期の休暇もゆっくりと楽しめる。

オーナーはマヨルカ人夫妻なのだが、男性はドイツ語ぺらぺらで、お客さんはドイツ人かスイス人かオーストリア人だけだという。彼自身、ドイツで働いていたこともあるというけれど、ドイツ語が本当にうまい!うらやましい…。ホスピタリティもすばらしく、新鮮な果物を山盛り用意してくれていた。羊乳ヨーグルトを探し回ってどうしても見つからず、やむなく相談したら、彼がここならあるだろうと思ったお店に電話までして確認してくれた。

庭にある小さいプールで何度もターンを繰り返しながら泳ぎ、朝食も夕食も外のテーブルで鳥の鳴き声を聞きながら取り、ゆったりと過ごすことができた。が!唯一の難点は、蚊!網戸があるドアや窓もあるのだけれど、入口のドアには網戸がなく、おそらくここから侵入してきたのだろう。寝ている耳元でブンブン飛び回り、顔から足の指まで至る所を刺された。昼間でも、お店の中でも、あらゆる場所にいて、気がつくと痒い。刺された瞬間はわからないようだ。日本の蚊とは違うのだろう。すぐに痒みが収まるものもあれば、今もまだ痒いものもある。スイスに帰ってきたら10℃くらい気温の差があったけれど、蚊がいなくなっているのは嬉しかった。

あちこちで見かけたピンクの花。ブーゲンビリア以外で唯一まだ咲いていた花かも

石を積んだ塀はマヨルカのいたるところにある。色も積み重ね方も芸術的

 

終わらぬ夏

…とはいえ、さすがに朝晩は冷え込み、秋特有の朝靄も出だした。真夏に一時、雨と低温が続いたけれど、その後はときどき雨をもたらしながらも晴天が続き、今ももう10月半ばに近づこうとしているのに昼間は半袖でも十分という暑さだ。こんなことはスイスに住んで以来、初めてではなかろうか。今年は嵐が少なかったけれど、ここ数年、強風のときはその強さが増していることも実感している。温暖化は確実に進んでいるのだ。

夏の間は朝早くウォーキングに出ると本当に気持ち良いのだけれど、この夏はボリュームのある翻訳の仕事がいくつかあり、しかも納期が少々厳しかったので、新聞も読まず、ずっとPCの前に張り付くことが多かった。その仕事が終わり、ちょっと一息ついたら今度は秋の視察団のシーズンに移行。環境専門家の友人のお手伝いや毎年恒例になった研修などで、川やら森やらを汗を拭き拭き歩き回ってきた。コロナ前からウォーキングを始めて野道や森の中を歩くことが増え、太陽が出ていると外に出なきゃとうずうずするようになったので、こういう仕事は嬉しい。視察団の皆さんも出迎えてくれる人々も、みな親切でユーモアたっぷりでよく笑った。通訳はうまいとは言えないけれど、普段うちに閉じこもって1人で仕事をしているので、いろいろな人に出会い、いろんなことを実際に目にすることができる場は、私にとってもとても貴重だ。

10月最後の週末には夏時間も終わり、おそらく日中の気温もずいぶん下がることだろう。仕事に追われることが減ったら、また野道を歩き、キッチンで納豆やらジャムやらを作り、日の出や日の入り、星空を眺めてゆったりと過ごそうか。

当たり前のことのようだけれど、とても恵まれたことに違いない。