椿の花があちこちに。久しぶりに見られて嬉しかった
2週間の日本滞在は、まさに瞬く間に過ぎた。甥っ子の結婚式やら母の喜寿のお祝いやら、数十年ぶりの幼馴染との再会やら、楽しみがたくさん詰まっていたからだろうか。
家族全員の顔を見て、5年の間に一挙に5人も新しく増えた若い命に触れ、たくさん笑って、少し泣いて、みんなの優しさや明るさに頬は緩みっぱなし。母は5年前と少しも変わることなく、軽いフットワークで私をたびたび驚かせた。最後の夜、同じような辛い経験をした母の口から出たことば「二人でよくがんばったね」。今思い出しても目頭が熱くなる。涙をこらえきれなくなった私ともらい泣きする夫を前に「どうしたの!」と笑う母に、今まで知らなかった強さを感じた。
挙式した地元の神社に人知れず咲く梅の花
普段ほとんど連絡を取らず、それぞれの生活に没頭している母娘だけれど、あの一言になんだか母親という存在の根本的な愛を感じた。そんな母を囲む仲のいい姉と妹、孫とおばあちゃんもとっても仲よしの賑やかな姉妹一家、見ていてとても羨ましくなる。自分たちで築き上げた家族の形だ。
実家にいる時間はあれよあれよという間に過ぎ、成田から帰りの飛行機に乗る前の小旅行の目的地、伊豆へ向かう。1泊目は天城の山の中の温泉。普通の部屋を予約していたのだけれど、「わざわざ外国から来てくださった」と特別室に変えてくださった。
二部屋もあるゆったりとした、選び抜かれた材質をあちらこちらに感じる歴史深い空間は、私たちには不釣り合いだったかもしれないが、まだ春も浅く、ひと気の少ない宿で露天風呂も楽しみ、くつろぎのひと時を堪能させていただいた。まだ枯れ枝の多い中庭からは鶯の鳴き声が聞こえていた。
2泊目と3泊目の西伊豆へ移動する前に、念願のわさび畑へ。時期ではないので段々畑の訪問は断念し、浄蓮の滝のほとりにある小さな畑を訪れる。日陰の寒そうな場所で数人の男性が丁寧に根と茎を切り分けている。観光客はまばらだ。小さなお店で生わさびと葉っぱの詰め合わせを買う。
伊豆ではスイスでなかなか口にできない魚の干物や根菜、新鮮な海の幸をたっぷりといただいた。三日三晩、和食尽くめなんて、生まれて初めてのことではなかろうか。
西伊豆は茜色に染まる夕陽が売りだ。天城を後にして海辺に着いたときは晴天だったのに、夕方には雲が空を覆い出し、夕陽は見られず。翌日は天気予報通り、朝から雨、雨、雨。茜色は見られずじまいか…とあきらめていたら、なんと強風をともなう雨の中、海の向こうが茜色に染まり出した。こんな風景があるんだ…と雨に打たれながらその眺めを携帯に収める。
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天城の山から西伊豆の海辺に着き、チェックインを済ませた後、辺りの探索にと車で山道を北上し、もうすぐ戸田という頃に突然夫が叫んだ。「あっ、ほらほら!」正面を見ると、目の前に雪を抱いた富士山が大きく浮かんでいた。そのあと山や森の後ろに見え隠れしていた富士山が次に私たちを驚かせたのは眼下に戸田港が見えたとき。湾に浮かぶ数隻の漁船と一緒に額の中に収められた絵のような富士の姿が現れた。海の向こうに見える富士山は初めてだ。よくもまあ、こんなに美しい姿ができあがったもんだとつくづく思う。
西伊豆では3軒のカフェに立ち寄った。そのどれもが比較的年配の方々が経営しているもので、今風の洒落たカフェではなく、ものすごく独特な空気に満ち溢れるものばかりだった。手作りのカレーの匂いが漂うカウンターに座ってネスプレッソをいただきながら、50年カフェを続けているという女性オーナーとおしゃべりしたり、その昔、沖合に停泊していた客船スカンジナビア号の歴史を伝える店内を見て歩いたり。テーブルの数より草花の方が多いんじゃないかと思うカフェでも一休みさせていただいた。どのお店でもコーヒーがおいしいのに正直驚いた。
もう一つ驚いたことがある。短大時代に2年間過ごした三島でレンタカーを借りたのだが、南出口辺りをうろうろしていたときに、やたらと西洋人やアジア人の姿を見た。日大にこんなに留学生が来ているのか?と不思議に思ったのだけれど、辺りを見回してみると、ウン十年前にはなかったバスターミナルができていて、そこには河口湖行きのバス停も。これかぁ。富士山の人気は私も聞きかじっていたけれど、ここからみんな河口湖を目指すんだ、きっと。三島も変わったもんだ、と少々感激。
そして、帰省最後の感激。これは空の上で待っていた。
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どの辺りを飛んでいたのか、ずっと映画を見ていたのでまったくわからない。乗務員の方が「オーロラが見えていますよ」と教えてくれたので、窓の外を見てみると緑色の光がちらちらと見える。それから1時間近くは経っていただろう、私はずっと窓にへばりついていた。緑色の光はだんだん強く、大きくなって、くっきりと見えるようになった。映像は低速度撮影なので、実際より動きがはっきりしている。テレビでよく見る、カーテンのような光のダンス。出発前はいろいろと心配することもあったけれど、大きな事故も病気もなく、矢のように過ぎていった日本滞在は、空からの素晴らしい贈り物で締めくくられた。
スイスに戻ってはや1週間が過ぎ、あの2週間は何だかもう遠い昔のように思える。
3月初旬の伊勢神宮は北風が強く、まだ寒かった。でも、シンプルな美しさは変わらない