夏の締めくくりハイキング

「未知との遭遇」があったレストランは右手。中に入れずに残念

「未知との遭遇」があったレストランは右手。中に入れずに残念

スイスに来たばかりの頃、ヴァリス州の小さな山村に連れていってもらったことがある。夫の家族がよくスキー休暇に行っていた村だ。そこでは、家族経営の小ぢんまりとした貸しアパートに泊まっていた。25年前のあの時もそのアパートに泊まり、夕食のテーブルでだったか、食後の団らんでだったか忘れたけれど、みんながスイスドイツ語を教えてくれたことを覚えている。この言葉は大事よ、と義理の母や祖母が笑いをこらえながら何度も私に繰り返させたのは「そんなのどうでもいいことよ」というセリフだった。

この辺りで採れる石が屋根瓦に。味わい深い

この辺りで採れる石が屋根瓦に。味わい深い

私たち夫婦は車で出かけ、夫の家族は電車で行った。村のあるレストランで待ち合わせをしたのだけれど、私が中に入った途端、がやがやしていたレストランが一瞬、ぱっと静かになった。みんなの目が私に集まっていた。山の中のレストランにアジア人が現れたのはきっとこれが初めてだったのだろう。宇宙人でも見ているような雰囲気だった。見ている方もびっくりしていたんだろうが、見られている方もびっくりした。普段、歩いているチューリヒの市内や近郊の町では、経験したことのない雰囲気だったから。今では笑い話だけれど。

ネズミが登れないように床が上げてある貯蔵庫

ネズミが登れないように床が上げてある貯蔵庫

25年後の今、そのレストランは閉鎖されている。先週、3泊でその村を訪れ、秋の青空の下でハイキングを楽しんだ。「あのレストランにも行こうね」と足を向けたが、周りはひっそりとしている。建物は花などできれいに飾られているけれど、泊まったホテルの奥さんの話によると、1年前に売りに出されてそのままなのだとか。

標高1200メートルくらいのところにあるこの村は、ハイキングよりもおそらくスキーに来る人の方が多いのだろうが、奥さんの嘆きは大きい。近くにはシャレーもたくさん建っているけれど、持ち主のオランダ人やドイツ人の多くが売り払ってしまったという。スイスフラン高のせいか、雪が少なくなったせいか……。店じまいをしたのは、宇宙人が降り立ったあのレストランだけではなかった。「農家は政府がいろいろと援助してくれるけど、ホテル業には何もない」とため息が漏れる。確かに、この村も、隣村も、昼間でもほとんど人がいない。冬にはもう少し賑わうのだろうか。いろいろと考えてしまった。

ユネスコ世界遺産にもなっているビエッチホルン。きれいな形をしているのですぐにわかる

ユネスコ世界遺産にもなっているビエッチホルン。きれいな形をしているのですぐにわかる

Suonと呼ばれる水路

Suonと呼ばれる水路

ヴァリスの山にはSuonと呼ばれる水路があちこちにある。灌漑用の水路で、場所によっては何百年も前に作られたと言われている。私はその存在は知っていたものの、泊まった村にもあるかどうかなど、考えもしなかった。お勧めのハイキングコースの説明をざっと読んだときにも、全然ピンと来なかった。前日になって、ちゃんと説明を読んで初めて「ああ、これがあの!」となり、翌日は秋晴れの空の下、5時間ほど山の中を歩いた。この辺りの水路は地面を掘って作ってあり、ところどころ地下に潜る。特に傾斜が急なわけでもないのに、ずっと流れがあって滞らない。夫は「すごい技術だなぁ」と感心していた。水路に沿って歩いたのは1時間ほどだろうか。時々聞こえるせせらぎとさわやかな空気を満喫した。ハイキング道自体は起伏が激しく、道に迷って藪の中を歩いたりもした。10年後にはこの道はもう歩けないかも……なんて思いつつ。

行きはジュネーブ湖畔を周って、帰りは来た道を戻らずそのまま東へ走って峠を越え、中央スイスを抜けて。「ツール・ド・スイスだね」と笑いながら。久しぶりのヴァリス。片道3時間半から4時間と、私にしてみるとやっぱりかなり遠い。次に行くのはいつだろう。

峠越え。左はたぶん、以前氷河だったのだろう

峠越え。左はたぶん、以前氷河だったのだろう

峠から谷を眺める。峠越えは正直、怖かった

峠から谷を眺める。峠越えは正直、怖かった

 

 

 

 

 

 

 

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