月: 2006年9月

キーボードの叩き過ぎ

腱鞘炎になってしまった・・・。正しくは「なってから1年経つ」だけど。

ちょうど去年の今ごろから、左手の親指の付け根がときどき痛むようになっていた。理由はわかっている。もちろん、キーボードの叩きすぎ、漢字変換のしすぎ だ。だから、これまで左手の親指でスペースキーを叩いていたのを右手の親指に変えた。そしたら、今度はこっちの親指まで痛み出した。もしかしたら関節症か もしれないと不安が募り、8月半ば過ぎにようやくお医者さんへ行ってきた(いつも通り、医者へ行くのには時間がかかる)。

Rigiレントゲンを撮ると、心配していた関節症ではないらしい。ほ~っ。関節症じゃないならたいしたことはないっ。と喜び勇んで帰ってきたが、そののち、いろんな人と話をして腱鞘炎と言えども侮れない相手であることがだんだんわかってきた。

最初は夜、就寝時にシップを貼るだけだったけれど、誰に聞いても一番いいのは「患部の絶対安静」だと言う。でも、親指を動かさずに日常を過ごすなんて絶対 無理。それでもやらないよりはまし、と、こないだ薬局で左親指用の固定サポーターを購入。右手には包帯を巻いている。そして、一日3~4回、 Voltaren消炎・鎮痛剤を塗る。幸い、急ぐ仕事はないので週末もかなり手を休めた。夫もあれこれ気を遣って手伝ってくれるが、結構、肝心なときに手 が足りなかったりする。あはは。これ、2週間くらいで治らないものかな。1年続いた痛みが2週間で取れればしめしめなんだけどな。

左の写真は、最後の秋の行楽のワンシーン。中央スイスにある女性的な山、リギ(Rigi)から、空の青に溶け込んだ男性的な山、ピラトゥスを眺める。平日だったのに、結構人がいっぱいだったぞ。

初めてのアシスト

またしても初めての経験。コミュニケーション・アシスタント(略称KA)として初めて泊りがけで重度の視覚聴覚障害者に付き添ってきた。場所はオーストリアのとあるウエルネスホテル。5泊6日の(彼女にとっての)休暇だった。

朝霧に沈むロイテ(Reuthe)の谷

朝霧に沈むロイテ(Reuthe)の谷

とはいえ、彼女もKAと二人きりで何泊もの旅行に出るのは初めて。光を完全に失い、聴力もほとんど無くしてから10年が経つが、私のような半しろうとでい いのだろうか…と出発前から私はかなり緊張していた。KAとして随伴するからには、彼女にできるだけリラックスし、できるだけ楽しんで欲しい。そのお手伝 いがどこまでできるか、不安は大きかった。出発前に一度買い物などの随伴をしたのだが、そのときに彼女はそんな私の心を見透かすかのように「今度の旅行、 大丈夫?すぐにノックアウト状態になりそうな感じがするけど…」と言った。私は正直に「初めてのことだからドンと胸を叩いて任せてよ!とは言えない。で も、チャンスを与えてくれるのならやってみたい」と答えた。しばらくお互い、腹を割って話し合った末、「大丈夫!二人でやってみよう!」ということになっ たのだった。

帰宅の日。秋を前に、山から谷へ下りてくる牛の群れがいっぱい

帰宅の日。秋を前に、山から谷へ下りてくる牛の群れがいっぱい

泊まった先は4つ星のホテルだったので、何もかも言うことなし。フロントでもレストランでもみなとても親切だった。そして、何よりも食事が最高。朝食の ビュッフェから昼食、おやつのさまざまなケーキ、そして夕食。ほとんど食べてばかりだったかも。オーストリア出身の彼女もほとんど悲鳴を上げそうなくらい の喜びよう。彼女いわく、典型的なオーストリアの食事を繊細にしたメニューだそうだ。サラダビュッフェのサラダも毎日食べても全然飽きない。3つあるプー ルもジャグジーも大いに楽しめるし、そのほかいろんなセラピーも受けられる。周りは湿地帯で散歩に適している。近所の村まで歩いて1時間くらいかな。ちょ うどいい距離だ。

「寝ているときしかリラックスできない」と言う彼女は、このホテル滞在で本当に体を休めることはできなかったけれど、私と一緒に楽しい時間を過ごすことが できた、とうれしいフィードバックをくれた。ほぼ1週間近くも一人の人に付きっ切りでいるのは結構ヘビーだ。この数日間で、すべてのシチュエーションを経 験したような気さえする。体の疲れだけではなく、精神的な疲れも大きい。彼女の苦しみ、悲しみもすべて一身に受け取ってしまうせいだろう。家に帰ってきた とき、無性に泣きたくなっている自分に気がついた。