月: 2006年8月

障害について考える

その後も、身障者との交わりは続いた ― というほどのものでもないが、ツェルマットから帰ってボ~ッとしていたある日、ドアのベルが鳴った。のぞき穴か ら見ると、女性が一人立っている。知らない人のようだけど、お隣さんが何やらざわざわしているからその関係かな?とドアを開けてしまった(あとで夫に怒ら れる)。

そこにいたのはまだ20代と思しき女性。「???」と思っていると、まず「私は言語障害を患っています」とドイツ語で言う。それからプラスチックにプレス された紙を渡す。そこには「言語障害のため仕事が見つからず、自分で作ったカードを売っている。あなたにも、あなたの隣人と同じようにこのカードを買って欲しい」というような主旨のことが書かれていた。

「隣人と同じように」というセリフにちょっと「ン!?」と思ったことも手伝ってか、私は彼女にとても失礼な発言をしてしまった。「あなた、手話って知って る?」と聞いたのだ。そのとき彼女は知らないと首を振ったが、「私、手話を勉強したの。あなたにも役立つんじゃないかしら」と言ったら、少し怒ったように 「私はしゃべることができるんです」と言う。そうだ、確かに。それに、手話を習っても職を見つけるのに役立つとも思えない。私は恥ずかしくなって素直に 謝った。そのあと彼女は「じゃあ、カードを見てもらえますか?」と聞くのだが、私はしばらく考えてから断った。

この失敗は尾を引いて、読みかけの新聞に目を戻しても、彼女の言語障害のことが頭を離れなかった。彼女たちはいったいどんな職種につくのだろう。どんな毎 日を送っているのだろう…と。でも、ここでカードを買っても、それが彼女の根本的なヘルプになるとは思えない。彼女が嘘をついているとは思えないけど、個 人的な訪問販売ではやっぱり何かを買う気にはなれない。かといって、大規模な組織に寄付をしたところで、自分のお金が本当に困っている人の元へたどり着く のかも疑問だが。これは永遠に続くジレンマだろう。

それからしばらくして、日本へ一時帰国する友人とチューリヒ空港で束の間のおしゃべりを楽しんだ。ひとみさんを紹介してくれたMさんだ。そのとき、この話やツェルマットでの体験談を持ち出し、話題は身体障害へと移っていった。彼女の義理のお母さんももう長い間看護士などのお世話になっているそうだが、Mさんが言った。

「障害者を世話している人にはみんなが『えらいね、たいへんね』っていうけど、時にはいやな人にも頭を下げて世話をしてもらわなければならない障害者の方がたいへんじゃないかな」

その通りだと思う。これと似たようなことをブライトホルンに登った井出君もブログに書いている(http://kyouga-world.cocolog-nifty.com/blog/)。障害者の気持ちは、実際に自分が似たような障害を負わなければわからない。まあ、これは障害に限らずなんでもそうなんだろうけど。

強い意志に魅せられて

ツェルマットは寒かった~。今が8月であることなど、すっかり頭の中から消し去られてしまったくらい。8月4日から7日まで、自宅から片道5時間かかる観光の街ツェルマットに滞在していた。

「いいね~、長めの週末?」

いえいえ、とんでもない。お仕事です。でも、ひとみさんの随伴に引き続いてまたまた素敵な体験となった。

内田さんと井出君という車椅子の二人を標高4164メートルのブライトホルンに登頂させようという長野のグループ「ドリームズ登山隊」のことは、日本では けっこうマスコミに取り上げられているらしいので、名前を聞いたことのある方もきっと少なくないと思う。登山隊長のアルピニスト野口健さんやHALという ロボットスーツを開発した筑波大学の山海教授の協力を得て、はるばるツェルマットまでやってこられたみなさんの通訳をやらせていただいた。このプロジェク トについては、ドリームズ登山隊のHP(http://www.with-dreams.org/、各リンクもどうぞ!)や野口さんのブログ(http://blog.livedoor.jp/fuji8776/)に詳細が記されている。

ドイツのテレビ局のインタビューに答える内田さん

ドイツのテレビ局のインタビューに答える内田さん

たくさん書きたいことがあるけれど、どれかを書き始めるととても長くなってしまいそう。とにかく、今回も温かい人の心にたくさん触れてきた。気さくな野口 さん(彼は本当に山を愛している人だと思う)、いつも微笑んでいる山海教授、たくましい井出君のお母さんと内田さんの奥さん、慣れない外国でのオーガナイ ズに奔走していた斎梧さん、それにカメラを持たない私の写真を取ってくださった方々、笑いを誘う日テレの方々、ホテル・イェーガーホフ(Jägerhof)の寛大なみなさん…。そして、滞在最後の日にようやく巡ってきたチャンスに目を輝かせていた内田さんと井出君のお二人。

ドイツのテレビ局のインタビューに答える野口さん

ドイツのテレビ局のインタビューに答える野口さん

私は出発を見送ったあと、下山を待たずにチューリヒへ戻ったけれど、メンバーの一人が成田に着くなり携帯から「無事帰国」のメッセージを送ってくださっ た。私はとにかく無事帰国を祈ることしかできなかったので、ほっ。スイスのメディアで登頂がならなかったことを知ったけれど、みなさん、これだけやれば きっと満足されたことと思う。

内田さんの奥さんと井出君のお母さんがおっしゃっていた、「このチームは本当にやさしい、いいチームなんです」ということばが忘れられない。私もほんの数日間だったけれど、そんな人たちの中にいられて幸せだ。土・日と陣中見舞いに来てくれた夫にも感謝。