月: 2005年1月

日本人は怖い?

去年辺りから日本人の人とたくさん知り合うようになった。15年もスイスに住んでいて今ごろ何言ってんの、と言われるかもしれないが、本当にそうなのだ。 スイスに来た当時はドイツ語を勉強しなきゃとやっきになっていて、どちらかというと日本人を避けていたので、ときどき会っておしゃべりをする人を数えると いまでも10本の指で収まってしまう。でも、これだけいたら十分かな、やっぱり。チューリヒ近辺に住んでいるからこそ日本の方と知り合うチャンスも多いけれど、田舎の方に行くとなかなかそうはいかないらしいし。

スイスの日本人社会は狭い。日本と違うところは、苗字ではなくて「千早さん」とすぐに名前で呼ぶようになること。それだけ仲間意識も強いんだと思う。私がこれまでに知り合ってきた人は、運がいいことにみんな一緒にいて楽しい人ばかり。外国で暮らしている分、芯はみんなしっかりしている。物事もどちらかとい うとはっきりと言うかな。「スイスに行ったら、日本語はもう話せないかも」なんて思いながらやってきたから、拍子抜けしたところはあるけれど、日本人の友人には知らず知らずのうちに精神的にすごく助けられているんだと思う。

最近知り合った方々は、ほとんど仕事を通じて。その中で二三度、翻訳の校正をやったりやってもらったりということがあった。お互い知らない者同士なので、 まずはメールで簡単な自己紹介をするのだが、これから当分一緒に仕事をするのだから、本来なら電話できちんと自己紹介をするべきである。であるのだけれど、私にはその勇気がない。もともと電話があまり好きではない上に、校正というちょっと微妙な仕事となると、相手がどんな人なのやら怖くて電話できないのだ。でも、これまではいつもありがたいことに、いや恥ずかしいことにパートナーの方から電話をしてくださった。話せばなんてことはない、みんなフツーの人である。誰も「何よ、あんな直し方することないでしょう!」とか「あなたの訳文、使い物になりませんよ」なんてこと言わない。怖いことなんて全然ない。電話でどんどん話が弾む。

翻訳をやる人の中には、自分の訳に手を加えられるのを嫌がる人が多い―ということをよく聞く。その気持ちはわかるが、自分で書いた文章というのは絶対に客観的に見ることができないから、とくに原文に引きずられやすい翻訳には校正は必要だと思う。でも、その校正も決して簡単な仕事ではない。私がこれまで感じ てきたことは、翻訳も通訳も、そしておそらく校正に対しても、あまりにも軽く見すぎている人が多いんじゃないか、ということ。少し語学ができれば誰にでもできる作業だと思っている人が多い―そんな気がする。これは日本人だけには限らない。たぶん、世界中がそうなんだと思う。翻訳も通訳も校正も、全部切り離 された仕事でそれぞれまったく別の能力を要する。私が知り合った人は、みんなそれを理解している。運が良かったのかな。

太極拳から人生を思う

太極拳を始めたのは、このアパートに引っ越してきてから。だから、7年前。最近になって、ようやく太極拳の何たるかがわかってきた、と自分では思ってい る。翻訳は10年くらいかな。やっぱり7~8年経って、ようやく翻訳の何たるかがわかったような気がした。でも、これはわかっただけで、それに到達するに は全然至っていない。いつになったらその日が来るのか、私の人生が終わるまでには間に合わないんじゃないかという気がしている。

人の人生も同じじゃないのかな、と最近思う。40歳を過ぎて、ようやく人としての生き方、あるいは自分の生き方がわかってきたような気がする。それが本当 だとして、それをなんとなく理解するまでに40年もかかった。それを今度、自分の中で消化して、人の人生というもの、自分の一生というものに納得する。納 得できるようになった頃には、もうそろそろ人生にさよならをしなければならない。自分が得たものを、やっとこれから次の世代にきちんと伝えられるように なったかなと思うときには、もう最後の一呼吸をしているのかもしれない。そう思うと、人の人生って本当に短い。私は、翻訳を続けられるのだったら、100 歳までも200歳までも生きたいと思う。これが私の生き方みたい。200歳まで翻訳を続けたら、少しは素敵な翻訳ができるようになっているんじゃないかし ら。それとも、もう頭が時代遅れになっているかな。

多分、小学生の頃。姉と二人で死んだらどう処理して欲しいか、ということを話していた。私は絶対「火葬」。その頃、「うしろの百太郎」とかで怖い話をたく さん読んでいた。土の中で生き返って、「もう一度死ぬ」なんてごめんだもの。姉は、ミイラにして、なんて言っていた。それがお正月だったので、そばにいた 母から「お正月早々何言ってんの!」と怒られた。

ここスイスでは、お年始もお雑煮も、御節も隠し芸大会も何もない。今日も普通の日曜日みたいだ。でも、母がこのエッセイをいま読んだら、やっぱりちょっと怒るかもしれないなあ。「もっとおめでたい話を書きなさいよ!」なんて。