ダブルの喜び

昨日は意外と疲れた1日だった。何度も大きく息を吸ったり吐いたりしたせいだろうか。

7月にリーノとルーシャが我が家にやってきたあと、喘息や目のかゆみなどの猫アレルギーの症状は2カ月ほどでなくなったものの、肺にまだ何かが溜まっているような感覚が残っていたので、秋に村の一般医に診てもらった。レントゲンでは肺に異常は見られなかったけれど、念のためコルチゾン入りの吸入薬を3カ月間服用するよう言われた。そして、アレルギーテストを勧められ、専門医の受診を手配してもらった。村の女医さんは、猫が本当に原因なら2匹は手放したほうがいいと言う。

薬を服用してまもなく胸の違和感はなくなったが、アレルギーテストで白樺やアッシュ、イネ科の植物のほか、猫アレルギーも確認された。反応は植物のそれより少なかったけれど、アレルギー専門医の女医さんも「関係ないの。かわいそうだけど、猫は手放した方がいいわね」と泣いたような笑ったような顔をして言った。

アレルギーの症状は吸入薬を服用する前にすでになくなっていたし、今はほぼ普通に戻っていると言っても「肺のわずかな炎症は、自覚症状がほとんどないのよ。ひどい風邪にかかったりしたら命取りになる場合もあるからね」と脅すようなことを言う。私は春の花粉症の時期まで待って、どんな症状が出るかを確認したかったので、そう言うと、「じゃあ、こうしましょう。呼吸器内科の専門医のところで肺の検査をしてもらいなさい」。こうして再び別のお医者さんへ行くことになった。検査は吸入薬の服用をやめてから少なくとも2週間が経過していないといけない。アポを取ったら1月ということになった。それまでになんとか肺と気管支を鍛えなくちゃと、ツボを毎日押さえたり、これまでほとんど口にしなかった蜂蜜をたくさん摂取したりした。

 

そして昨日がその検査の日だったのだ。私は「絶対大丈夫。もしダメでもすぐにはあきらめない」とずっと思っていたので、自分では緊張しているつもりはまったくなかった。その専門医の男性も、テストをしてくれた奥さんらしき女性も、二人一緒のときの雰囲気もすごく和やかで感じがよかった。冗談を言い、笑い合った。

1時間ほどですべての検査を終え、いよいよ結果を聞くときがきた。よく覚えていないけれど、開口一番、お医者さんは「あなたは猫を飼っている。それが現状だ」というようなことを言った。微妙なセリフ……。結論から言うと、「猫は手放さなくてもいい」ということだった。気管支に軽いアレルギー性の炎症があったけれど、肺機能は正常だった。彼にとっては肺がきちんと機能していることが一番大切で、大人なんだからあとは自分の体のことは自分である程度管理できるはずだと言う。それを聞いた途端、ウルウルし始めていた目から涙がこぼれた。

頭から猫を手放せと言ったあの女医さんたちとなんという違い!彼は肺の専門医で、きちんとした数字を見た上での判断だったにせよ、数字だけではなく人の心も考慮してくれる懐の広いお医者さんだ。そして、患者と同じ目線で話をしてくれる。もうすぐ花粉症が始まることもあり、念のためにこれまでよりコルチゾンの量が少ない子ども用の吸入薬の服用を勧めてくれたが、私が「春になって花粉症が始まるまで待ちたい。どんな症状が出るのか確認したい」と言ったら、すぐに了承してくれた。そして「これで命を落とすことはないからね」と誰かさんとは正反対のことを言った。

これは一般医あるいは専門外の医者と専門医が置かれた状況の違いからくる差かもしれない。でも、人間性の違いもあると思う。体の健康だけでなく、心の健康のことも考え、患者に一番いい方法を提案する。そんなお医者さんはあまりいないのではないか。そんなお医者さんに出会えたこと、これからもルーシャとリーノと一緒に暮らせること、昨日は二重の喜びを味わった一日だった。

検査を終え、帰りのバスを待つ間に、路上で売られていた春の花を買った。2人と2匹がこれから長い間一緒に暮らしていけるお祝いに。

いつまでも一緒にいようね

世の中は世知辛くなるばかり

世知辛いというか、モノを売るという行動、モノを売らなきゃという欲求がものすごく目に見えるようになってきた。スイス最大の都市チューリヒは日本の地方都市より小さい。変化に乏しい国だと思っていたけれど、ここ数年の変貌には少々驚いている。

古い街並みがどんどん消えて、どこにでもあるような大きなビルがぽこんぽこんと建ち出した。素朴な飲食店はしゃれたレストランやバーになり、チューリヒ一の高級通りに並ぶのは、これまたどの国にもある低価格ショップや高級ブランドのお店ばかり。スイスの個人経営店にはもう家賃が払えなくなり、みんな撤退してしまったのだ。

デパートへ行けば、年中、何かしら特別なテーマ商品が並んでいる。お正月は特に祝うことはないけれど、2月3月は謝肉祭のお菓子、その後はイースターのウサギチョコやゆで卵、8月1日の建国記念日はBBQ用の肉・ソーセージに花火、数年前からハロウィンの子ども用コスチュームも登場、そしていよいよクライマックスのクリスマス。ここ数年、クリスマス商戦が早くなっていると感じていたけれど、今年はもうハロウィン前からクリスマスツリーが飾られていて、興ざめだ。

これで終わりかと思いきや、今年は新たにアメリカの大セール「ブラックフライデー」が登場。今週やたらと目についた広告だ。セールをすれば飛びつく人やありがたく思う人は多いだろう。でも、なんだか踊らされている感じがするのは、私だけだろうか。

今の世の中は、何かしらモノを売らなければ生きていけない。それは重々承知だけれど、これだけ「商戦」が年中続くと、やっぱり何か物哀しい。

まだ子猫とはいえ、どんどん、どんどん大きくなっている二匹。食欲もすごい。もうそろそろ落ち着いてくれてもいいんだけどねぇ

冬近し

9月は確か寒い雨の日が多かった。10月は「金の秋」だ。澄み渡る青空が広がり、気温も20度前後まで上がる日が続いて、森や林はどこも黄葉が金色に輝いた。今は少し気温が下がり、雲も多いが、ちょうど休暇を取って家の大掃除をしたりハイキングに出かけたりしていたころは、半袖でも十分なくらいの汗ばむ陽気だったので、個人的には大満足。雨も少しは降らないとね。

忙しい日々は先週で一段落ついたようで、今週は少しゆっくりできそうだ。とはいえ、この商売、いつ何時どんな仕事をいただくかわからないから、油断大敵。それに、進んでいない出版翻訳の方も気になる。こういう時に集中して進めておかないと……。わかってはいるのだけど、やっぱり気は緩むなぁ。

ちょっと休憩

7月1日にルーシャとリーノがやってきてからというもの、時間の経つのが一層速くなった。カリブの休暇なんて、もう遠い昔の出来事のようだ。あんなに強烈だった印象もすっかり薄れてしまった。

最近は個人行動が増えてきたけれど、ほんわかと仲のいい兄妹

今年はそれでなくても、一つの仕事から次の仕事へと飛びわたってきたような気がする。うれしいことだけれど、時間に追われてばかりだ。とはいえ、過去の経験から、ストレスで心身を壊さないようにと注意はしている。夜の仕事はなるべく控え、仕事を切り上げた後は体を動かす。天気がいいときは、読み物など外でできることはなるべく外でする(これは、ただ単に好きだからかな)。な~んて、思い返すと、毎日夜中まで仕事をしている人に、「ちぇっ」と舌打ちでもされそうだ。でも、なるべくストレスを減らし、かつ、いろいろな仕事に挑戦する。無理な仕事を引き受けてクライアントに迷惑をかけることは避けなければいけないが、挑戦は必要だ。

挑戦といえば、ここ数年間、よく聞くのが、ドイツ語より英語の通訳が求められているということ。私は英語の通訳はお断りさせていただいている。まったく自信がないからだ。翻訳でさえ、学校の成績を思い出しては「よくこんなことをやっているなぁ」と我ながら感心したりあきれたり。熟練通訳者の大先輩たちからはよく、「英語もやりなさいよ。仕事の幅がぐっと広がるわよ」と言われるけれど、そんな恐ろしいことはとてもできない。無理な挑戦は、やっぱり避けなくちゃね。必要なのは「健全な自信」。これも実際はなかなか持てないものだろうけど。

猫の威力

モグリの時もそうだった。瑞筆に書く内容がモグリに傾いた。

向かいの家庭も、うちより少し早く同じような猫を2匹飼い出した。そばに来ても逃げ出しはしないけれど、自分たちから近づくこともない

それから、道端で話をする相手が増えた。今の家では道端ではなくて庭で、だけど。それはやっぱりリーノとルーシャのおかげだ。驚いたのは、これまで目も合わせようとしなかった近所の子どもたちが、うちに遊びに来るようになったこと。いやぁ、猫の威力はすごい。まだまだ無口だけれど、猫と遊びたいがために、暗くなっても帰ろうとしない。で、様子を見に来た若い親たちとも、これまでしなかったような話をするようになる。

猫アレルギーはだいぶん良くなった。猫たちが外に出るようになり、夏の陽気に誘われて私も外で過ごす時間が増えたからだ。布地の多い居間にいるときは、空気清浄器を動かす。猫たちも大きくなって、毛がだんだん太くなってきたせいもあるだろう。前にモグリにしていたように、この子たちのお腹のいい匂いを嗅ぐことはできないのかなぁと寂しく思っていたけれど、最近は2匹に顔を近づけても喉の違和感は感じない。この分なら、この先は心配いらないかな。

うちから見える日没はいつも感動的