ウォークマンって何?

少し前、スイス国営テレビだったろうか、ウォークマンが発売されて40年というニュースを流していた。その中で、街を行く若者に「ウォークマンって何か知ってる?」と質問したのだが、知っている子は一人もいなかった。私たちの世代の青春時代(死語?)には、ウォークマンは今のiPodのように常に携帯され、耳にはイヤフォンが突っ込まれていた。たった40年でウォークマンに代わる製品が出てこようとは、あの頃いったい誰が想像しただろうか。

スイスではまだまだ一般家庭には普及していないけれど、日本では今や冷房のない家などないだろう。北海道はわからないけれど。ウォークマンからさらにさかのぼって、思いはなぜか保育園に通っていたころへ。お昼寝の時間になると、ビニール製の編み込みマットの上に子どもたちを寝かせ、保母さんが団扇を持って歩き回りながら風を送ってくれた。裸足の足の裏がマットにちょっとくっついては離れるときにぺりっと音がするのが好きだった。おばあちゃんが載せてくれた乳母車の車輪ががたごと鳴る音も。雨傘に落ちる雨の音。鯉に酸素を与えるためにこぽこぽと池に流れ落ちる水の音。懐かしい、やさしい音へと思いはさかのぼっていく。

週末によくジョギングに行くコースである日、若い子がイヤフォンをはめてジョギングしているのを見かけた。天気が良く、空からいろんな鳥の鳴き声が降っていた。森の中にいて、こんな素敵な自然の音色を聞き逃すなんてなんてもったいないと思ったけれど、考えてみたら、あの子くらいの歳の時には、私もきっといつもイヤフォンをはめて音楽の世界に浸っていたのだろう。

うちから眺める西の空は、毎日いろんな顔を見せてくれる

チャレンジはまだある

最近、ようやく翻訳ツールを使い始めた。翻訳会社から依頼される仕事の中で、今多くの割合を占めているのがチェック。以前、勤めていた会社でもずっと行っていたけれど、どこまで手を入れるべきか悩むことも多い。それに何より、私はやっぱりチェックより翻訳をしたい。最近の翻訳会社は、Tradosを使っていない人には翻訳の仕事をあまり出さない。そんなこんなで、私もようやくTradosを購入する決心をした。

産業翻訳をバリバリやっている人が聞いたら「えっ」と驚くかもしれない。「今ごろ?」と。私はバリバリやっていないので、これまでツールなしでも何となくやってこられた。出版翻訳では必要ないと言えば必要ないし。

Tradosは、自分で少し練習してから本番で使おうと思っていたけれど、そんな暇もなく、ぶっつけ本番で使うことになった。でも、翻訳会社の親切なサポートのおかげで、中身を壊すこともなく、何度か納品した。まだ知らないことはたくさんあるのだろうが、意外に使いやすく、それほど時間をかけずにまずまず使いこなしている。いずれはもっと活用できるようにしたいものだ。

雨の日の散歩

今春はまた、久しぶりに新しい翻訳書を出版してもらった。数えてみたら10年ぶりだった。本当は、福島原発事故関連の書籍を独訳して出版したいと思っていて、この願いが叶ったらまた和訳書に取り掛かろうと思っていた。でも、面白い本はそんな時機を見てはくれない。お世話になっている新評論にも気に入っていただいたので、3年以上かけてぼつぼつと訳していたものが、この春ようやく出版されるに至った。セールスもある程度自分でしなくてはならないのだけれど、私は昔から売るのが下手で、少々困り気味だ。面白いと思って、ほかの人にも読んでもらいたいから訳し始める。だから、少しでも多くの人に読んでもらいたいのに。

水に映った黄色い花がなんとなく幻想的でカメラを取り出した

GWも休暇も終わり

忙しかった、今回の帰国。いや、いつもかな。

GWの始まりとほぼ時を同じくして羽田に降り立ち、その日の夜に以前大ファンだったチューリップのコンサートへ行った。まさか、もう一度行くことになるなんて思ってもいなかった。財津さんの声は出にくそうだったけれど、もう安部さんはいないけれど、そして吉田さんも戻ってこないけれど、私の大好きな曲を、知られざる名曲を、あのときのまま、いくつも聴かせてくれた。3時間近くも楽しませてくれた。あの懐かしい、甘酸っぱい気持ち。音楽って不思議だ。

その後は、甥っ子の結婚式。微笑ましい結婚式だった。新郎新婦の思いがよく伝わってきた。これからもいろんな悩みに襲われるだろうけれど、みんなみんな、幸せになって欲しい。残るは、妹の息子たち。楽しみはまだある。

そして、やっぱりもう一度行くことになるなんて思ってもいなかったグアムでの休暇。日本から意外と近いことがわかったので、実家をバタバタと後にして南へ向かい、強風に吹かれ、30度以上の灼熱にさらされてきた。前回行ったのはもう40年も昔の話。あのときは、夜、友だちと二人でハンバーガー屋に入ったら、周りが巨大な黒人ばかりでちょっと怖い思いをした。今回行ってみると、見事にアジア人ばかり。お店の看板も日本語やら韓国語やらで書いてある。ここがアメリカだということを忘れてしまいそうになるほどアジアがあふれていた。

でも、海は思っていた以上に美しかった。北のリティディアンビーチは車がないと行けないこともあり、人影もまばら。喧騒を避け、私たちはほとんどの時間をこのビーチで過ごした。裸眼でもサンゴや熱帯魚が見える。

そしてもう一つ、あっ!と思ったことは、これ。

そう言えば、そんなセンセーションがあった。そう、彼はグアムのジャングルに28年間も潜んでいたのだった。そのときの洞窟が今も残されていて、それを実際に見たときはいろんな思いが飛来した。たった一人で、逞しく、そしてそれなりに身だしなみを整えながら、生き続けた人。

グアムの歴史も簡単に紹介されており、初めはスペインに、そして日本、アメリカと、強国の支配下で生きるしかなかったこの小さな島に、わずかの時間思いを馳せた。

春爛漫

くしゃみがよく出る。鼻がぐずぐず、目がかゆい。でも、春の到来はやっぱり嬉しい。先週末、車を30分ほど走らせて、のどかな丘陵地帯を歩いてきた。レンギョウが萌え、森の中も緑や花が目に爽やか。小鳥のさえずりもにぎやかだったし、農地にも緑が蘇っていた。北風にも刺々しい寒さがない。 うちに戻ると、すぐ目の前に植えられた桜の木が満開になっていることに気がついた。まだまだ小さい木だけれど、毎年つける花は確実に増えている。このあとはリンゴやナシの花がきれいになってくるはず。でも、明後日はまた雪になりそうな気配。芽吹いてきたアジサイを守らなくては!

 

そろそろ「今」

カモメのような白い鳥の群れがときどき近所に現れる

この数日間は、青空で気温も10度くらいあったのに、強風のため体感温度が低く、寒かった。真冬と変わらず、毛糸の帽子に毛糸のマフラーでちょうどいい感じだ。今日はようやくその風も止み、ふらふらと外に出たくなるような好天気。商業翻訳の仕事も一段落し、10年ぶりに出版させていただくことになった翻訳書の翻訳作業以外は、今のところ何もない。あ、4月半ばの通訳のお勉強があったか。まあ、まだ少し時間があるから、焦ることもない。

通訳の仕事はどちらかというと副業的なので、受注した瞬間は何となく焦る。専門分野がないので事前の準備が何より大切で、これをやっているうちにだんだん気持ちが落ち着いてくる。やるだけのことをやったら、あとは現場で誠意を尽くして通訳するしかない、と胆が据わるのだろう。

会社勤めを辞めて6年目。体調も良くなり、精神的にもやっとゆとりが少しずつ戻ってきたような気がする。読みたいと思う本が増えてきたし、何か新しいことを始めたいと思うようになった。食指が動くのは手話とフランス語だけれど、手話は週一のコースではもの足りないし、フランス語は初心者用コースを探すのが難しい。ここドイツ語圏では、みんな義務教育でフランス語を勉強するから。それに、私は結局日がな一日文字を追って暮らしているので、何かもっと別のことをした方がいいのではないかとも思う。太極拳をまた初めてみようか。絵を描くのも昔は好きだったけれど、モノが増えることはあまりしたくないという気持ちもある。音楽ではピアノの音色が好きでいつか習いたいと思っているけれど、今興味があるのはライアー。でもこれも、近くにレンタルしてくれるところや教えてくれる人がいない。こんなふうに考えている間に、また1年が過ぎてしまいそうだ。

そんな時間の流れの速さを感じるのが、掃除中。このアパートを購入したのは2012年だった。当時は何もかも新しいから、掃除するにも気を使った。今ではその度合いはかなり減っているのだろうけれど、あの時からずっと続いている時間の中で、やっぱり変わりなく掃除をしているつもりだ。うまく表現できないけれど、その気を使いながら掃除を始めた瞬間が、今からもう7年近くも前のことだと思うと、時間の流れの速さに驚愕するのだ。フランス語ももう10年も前から「いつかやりたい」と思っていた。ピアノも「いつか」。でも、もう「いつか」ではなく「今」と思わなければいけない時期なのかも。