色彩豊かな秋

今年の秋は紅葉や黄葉がとても美しい。散歩やウォーキング中は、トンビやサギが滑空する広い空を眺め、少し目を下ろしてさまざまに色づいた木々を楽しみ、すっかり収穫が終わってまっ平らに広がる畑の茶色や、朝晩はすっかり冷え込む今でも意外とみずみずしい牧草地の緑に目を休める。

 

日本の紅葉や桜の細やかな美しさとはまた違う、おおざっぱながらも芸術的なグラデーションに思わず目を奪われる光景だ。

積み重なる落ち葉の上を、わざとかさこそと音を立てて歩くのも楽しい。生えている木の種類によって、道に落ちている枯れ葉の色も違う。

暗い森の縁には苔がむし、間から小さなキノコが顔を出している。

街中の塀にも秋はある。深緑のつたに絡まる鮮やかな紅。こうして思うと、春の穏やかな色とはまったく装いが違う。夏のエネルギーを思い切り吸い込んで、それを最後に吐き出しているのだろうか。

そして、極めつけがこれ!いつも何かと気の利く贈り物をしてくれる友人が、昨日そっと郵便受けに入れておいてくれた。実家の庭でもあの心地よい香りを放っていた、金木犀。今では、スイスでも手に入る。2年前、一度「香りを楽しみにおいで」と友人が呼んでくれた。去年は機会を逃し、今年はどんな具合だったのかなぁと思っていたら、それに呼応するようにこのかわいい小瓶が届いた。香りはすぐに薄れてしまいそうだけれど、思いがけなく色も姿も楽しめて鼻腔のみならず心までくすぐられた。

エンガディンの1週間

コロナの心配もまだ拭いきれない中、休暇用アパートをやっとのことで見つけて、大好きなエンガディンで1週間、夫と2人で頭と心を休めてきた。でも、それももう2週間以上前のことだ。もうすぐ秋休みが始まるので、今アパートを探すのはもっと困難だろう。人との接触を避けて、みんなアパートに泊まりたがるよう。

休み前の予報では、エンガディンの天気は今ひとつだった。確かに曇り空に覆われたり、雨に降られたりもしたけれど、思ったより好天に恵まれて、宿泊場所のシュクオール(Scuol)の周辺をてくてくと歩き回ることができた。

建物に施されたスグラフィットの装飾が美しい村々は、シュクオール周辺にいくつも点在する。どの村もイン川が流れる谷間から少し登ったところ、標高1000メートルちょっとのところにある。村から村へ通じる古い野道を歩いていると、どうしてこんなに高いところに村を作ったのだろうと疑問がわく。夫は「攻めにくいからじゃないか」と言う。

ところが、標高2000メートルくらいまで上り、その高さで谷を見下ろすように歩くと、村の位置はそれほど高くないと感じる。村から上にもまだまだ山はだが延びているのだ。見る位置、立つ位置によって、その比が大きく変わる。

今回はハイキング休暇だったけれど、私にはもう一つ、とても大切な目的があった。それは、去年テレビでふと目にした老齢のグラウビュンデンの画家、コンスタント・ケンツの作品を実際に見ることだった。

…とここまで書いて中断。いきなり忙しくなって、10日間くらい手を付けられずにいる間に、スイスのコロナ状況は激変し、感染者数が急上昇してしまった。もう秋休みも終わりに近い。終わった州もある。気温がぐっと下がって、帽子や手袋も必要なほどだ。コロナ疲れとこの気候の変化のせいだろう。

さて、話を戻してケンツさん。もう90歳を過ぎているからなのか、最近は展覧会を催していないようだ。彼はグラウビュンデン地方の建物にたくさんのスグラフィットを残し、公共の建物などの内部に壁画を描き、キャンバスにも抽象画を描いている。

ケンツさんが住むZuozの村の教会にある「命の木」のステンドグラス

できるなら彼のアトリエを訪ねて絵画を見せてもらいたいところだったけれど、そんなことができる状況ではないので、スグラフィットや外壁の装飾画を探して眺めるだけに終わった。それでも、実物を見ることができて、久しぶりに幸せなカルチャー的瞬間を味わった。建物を探しながら村中を歩く私に付き合ってくれた夫に感謝。

Ardezの村にある一般家屋。探し当てられた!

これは彼だけの作品か、弟との共同作品かと思われる。こんな家に住みたいなぁ

広い空の下で感じること

2月の母の誕生日から、毎週3回1時間のウォーキングを始めた。ときには雪が降りしきる中を歩いたあの頃から、不安の中、それでも菜の花畑や青葉に目を細めながら、真夏のような暑さの中を歩いた春も過ぎ、暑さをしのぐために早朝、ひまわり畑の中を歩く夏も終わりに近づいてきた。

この半年間で、ロックダウンのせいだろう、散歩やジョギング、サイクリングをする人が増えたのがよくわかった。そして、「おらが村」は牧場や畑、森、湖、小川がたくさんあり、歩くにはもってこいの場所だということも。今では、いくつか歩くルートが決まっている。大空に、カラスはもちろんコウノトリやトンビ、つばめもたくさん見かけるし、湖に行けば魚が跳ねたり、カエルの合唱が聞こえてきたり。農場にいる仔牛はいつも私が歩くのをじっと見ている。ときには、牛の鳴き声リレーも聞けたりする。

畑には、リンゴやナシなどの果樹、フェンネル、ネギ、ブロッコリー、トウモロコシ、その中に立つ案山子、それから東欧から出稼ぎに来ていると思われる、私と同年齢くらいの男性たちが朝早く野菜を収穫している姿。

彼らを見ていると、ちょうどこの年齢くらいで亡くなった父を思い出す。まだまだ働き盛りとは言え、暑い日差しの中、何時間も腰を曲げて立ったままの労働はきついだろう。真珠養殖をしていた父も、重労働に汗を流していた。私がスーパーや八百屋でふと手に取る野菜や果物は、人間の手で一つひとつ収穫されているのだと、やっと気がついた。収穫が終わると、その畑は耕され、また何か苗が植えられる。そんな風景を見ていて、自分が少し人間らしくなった気がする。

そして、毎朝、毎夕、東に西に太陽を眺め、姿を変えていく雲を眺め、夜は星空を眺めながら、こういう環境にいられることをとても贅沢なことだと思う。

普通が一番

コロナの第一波が過ぎ、さまざま制約が解除されて、徐々に平常に戻りつつある。

と思ったところに、第二波が来そうで、公共交通機関を利用する際にはマスクを着用することが初めて義務付けられた。確かに、電車やバスに乗る人はロックダウン中より増えている。スイスの電車は四人掛けが多いので、向かい合わせや隣の席に誰かが座ればかなり近い距離になる。

我が家はといえば、だんだん安心できそうな状況になってきた。そして、時間があっという間に過ぎてゆく。我が家なりの制約はまだいろいろとあるけれど、もう残り半分を切ってしまった2020年をそれなりに楽しみたい。そう思えるようになった。

それでも時間は過ぎていく

この2カ月間、振り返ると時間の感覚がまったくなかったような気がする。毎日を緊張の中で過ごすうちに、いつの間にか季節が変わっていた。

 スイスにコロナがやってきて、ロックダウンが始まり、今、徐々に解除されている。世間はコロナ一色だったけれど、我が家はそれどころではなかった。いつになったら心から安心できる日が来るのか、まったくわからなくなった。恐怖と不安と寂莫感にさいなまされる日々が続いた。今は少しだけ安堵できるようになったけれど、まだまだ安心はできない。

その間、いろいろな人から励ましや慰めのメッセージ、電話、花束、手作りの差し入れ、協力をいただき、本当に力づけられた。自分も渦の中で苦しんでいるのに、温かいことばをくれた人もいた。日本の家族の支えも大きかった。

苦しみというものは、その人本人にしかわからないものだ。周りはそれを想像はできても、本当にはわからない。今回、そのことが身に染みた。経験次第で、想像がより豊かに、本人が感じている痛みにより近くなることはあっても、その人の経験はその人にしかできないのだから。感じ方も人それぞれで異なる。「こうしてくれたら、嬉しいのにな」と思う行動も、人によってさまざまだろう。

私は想像力に乏しいので、これまでたぶん、人の苦しみを本当に思いやるということができなかったように思う。これからできるかどうかも疑わしい。でも、この数カ月間で、自分がどんな人間なのか少しわかったような気がする。