今年の抱負

年末年始の2週間のお休み中は、昨春に出版していただいた本の続編の翻訳をバリバリ進めようと思っていたのに、人を呼んだり、家族で会ったり出かけたり、霧の下界を脱出して太陽を探しに行ったり、最後は体調を崩したりで、結局何もできなかった。

大晦日の午後。眼下には霧の海が広がる

幸か不幸か、エージェンシーからの仕事がまだほとんどないので、やっと一昨日くらいからぼちぼち取り掛かり出した。今年はとにかく、早くこの原稿を仕上げたい。そして、次のプロジェクトに進みたい。それが実現するといいけれど。

今年はほかにもやろうと決めたことがある。食べた肉の量と、腐らせたりして廃棄してしまった食料の量を記録すること。肉はこれまでもあまりたくさん取らないように注意はしてきた。ヨーロッパの肉料理に使う量は、和食や中華で使う量とは比べ物にならないほど多いので、そんな肉料理を作る回数を減らしてきたのだけれど、今どのくらい食べているのか、ちょっと知りたいと思ったのだ。スイスの平均は1年に50キロ弱だという。1週間に1キロ弱。かなりの量ではないだろうか。最近はヴィーガンブームで肉に代わる商品もいろいろ出てきた。見た目も味も鶏肉に似た、豆で作った食品が今、話題を呼んでいる。環境や動物愛護といった面でも肉の消費は考え物だ。この傾向は悪くないと思う。

買った食品の廃棄も、今、大きな話題になっている。我が家は二人しかいないので、パッキングされた野菜を使いきれずに(特にズッキーニとコリアンダー!)腐らせてしまうことが多かった。でも、きちんと考えれば、買ったものはすべて使いきれるし、賞味期限にもあまり左右されずに、目や舌で確認しながら使えば、長く保存できるものも少なくない。

記録すると決めると、自然に負のリストがあまり長くならないようにしようと考え、行動がそちらの方に誘導される。自分が今まで何を多く捨てていたかもわかっているので、少し努力すれば無駄を減らせそうな気がする。まずは小さな一歩から。

霧の上では、元旦の真っ青な青空が眩しい

年の瀬にもの思う

ある人からのクリスマスメッセージに、ラファエロの絵画を観ながら、これまでの人生のこと、残された時間のことなどをいろいろ考えたと書かれていた。私より少し年下の、スイスに住む日本人女性。そんなことを考えているのが、自分一人ではないことを知って、「ああ、やっぱり、そうなんだ」と思った。

別に不治の病にかかっているわけでも、落ち込んでいるわけでもないけれど、体のあちこちに老化現象が出始めたせいか、何でもない日常を楽しもうと思う気持ちが強くなっている。ひょっとしたら、近い未来に目が見えなくなったり、耳が聞こえなくなったりするかもしれない。そしたら、朝焼けも夕焼けも、満月も流れ星も、虹も見えなくなる。大好きな雨音や鳥のさえずりや、ルーシャのゴロゴロとのどを鳴らす音も聞こえなくなる。そう思うと、雨の日の外出も苦ではなくなる。少しくらいの不便は我慢できる。いずれ、それができなくなる日が来るかもしれないと思うと。

オーロラのような朝焼け

きっと、恵まれているのだろう。

環境保護が声高に叫ばれている昨今、地球が悲鳴を上げている昨今、本当に大切にしなければならないのは何なのか。クリスマス商戦に沸く世の中を見ていても、何だか虚しい。ネットでおお目に注文をした顧客が返品したものをすべて処分してしまう世の中。クリスマスのご馳走は、普段でも食べられる世の中。ブランド品に身を包み、ないものはない子どもたち。遊び道具は庭に転がしたまま。

私たちが育った昭和の半ばはまだ貧しかった。でも、それを体験したのは貴重だったと思っている。モノを大切にできる人間でなければ、地球はきっと救えない。大人になって、そのことが分かる人間に、今の子どもたちはなれるだろうか。

もっと昔の人たちは、大人になった私たちを見ていてもため息を漏らすのかもしれないけれど。

冬支度

「これが最後の夏日だよね」。何度、そう夫と言い合ったことか。でも、先週末はもう本当に最後の夏日、とまではいかなくとも、晩夏日だった。今年は、春も夏も秋も、とてもよかった。適度に雨も降り、庭は花であふれた。レモンとオリーブの木にはたくさん実もなった。スイスでレモンやオリーブがなるなんて思いもしなかったけれど、これも温暖化のなせる業なのか。

レモンは枝についたまま黄色くなり(これまでは秋が来ても緑のままだった)、オリーブも「もう少し置いておこう」と思っているうちに熟して黒っぽくなってきた。もうそろそろこの2本の木を越冬させてくれる業者がお迎えに来そうだったので、1週間くらい前に収穫してみたら、まずまずの量。今は、これを食べられるように処理しているところだ。まず1カ月間水に漬けて、その後塩水に漬け、それからマリネにする。食べられるのは来年かな。どんな味がするだろう。今から楽しみだ。

オリーブとレモンが週末に引き取られて行き、夏の間外に出していたベンジャミンの木もリビングに戻し、ガーデンテーブルと椅子も地下室に片付けて、テラスはがらんとなったけれど、鉢植えの花々はまだまだ元気に咲いている。夏の間、なかなか花がつかず、今になっていくつもできたつぼみを次々に開かせている朝顔、いつまで咲いてくれるだろうか。

東京で独り暮らしをしていたときは、緑とは縁がなく、遊びに来た母が「緑が何もないねぇ」と買ってくれた鉢植えもすぐに枯らしてしまうような生活だった。スイスに来て、決して毎日のんびりしているわけではないけれど、草花や動物がすぐそこにいる、自然が近い生活を知った。今も、トンビが窓の外、目の前で灰色の空を低く旋回している。あ、ネズミか何かを捕まえたよう。田舎暮らしもなかなかエキサイティングなのだ。

 

スイスの山岳世界を満喫

フリーランスというのは、計画を立てるのが難しい。だいたい思った通りにことは運ばないようになっている。でも、忙しくなりそうな気配だけはよくわかる。8月中旬から、仕事やらお手伝いやら休暇やらが続いて、ずっと気忙しかった。ありがたいことに。

でも、休暇ではもちろん気忙しいことはなく、今回はスイス国内のホテルに1週間留まっていたので、出発や移動の時間を気にすることもなく、ゆっくりと過ごすことができた。目的地はオーバーヴァリス(高地ヴァリス)と呼ばれる地域で、日焼けして真っ黒になった木造家屋の集落が美しいところだ。何度か車で通り過ぎたことはあったけれど、じっくりと歩いたことがなく、いつか滞在してみたいとずっと思っていた。そんな願いを夫に漏らしたところ、「じゃあ、今年の秋はそこでハイキング休暇」ということになった。

天気予報は週後半から崩れ気味となっていたけれど、実際はほぼ好天続きで、初めの頃は標高3000メートル近くでも半袖でも十分なくらいの暑さ。30年くらい前に一度訪れたことのある、今ではユネスコ世界遺産にも登録されているアレッチ氷河にも行ってみた。晩夏ということもあって、氷河はなんだかやせ細って見えた。実際、スイスの氷河は恐ろしいスピードで消えつつある。素晴らしくも悲しい光景に、20年位前にモルジブのある島で見た灰色のサンゴ礁の姿を思い出した。

天気が崩れそうな日には、車で30分くらい離れた町にある温泉プールへ行くつもりで水着も用意していたけれど、結局、毎日ひたすら山を歩いた。滞在していた村自体がすでに標高約1400メートルなので、ロープウェイを使うとすぐに2000メートルくらいの高さになる。そうすると、もう少し南西寄りにそびえる、かの有名なマッターホルンの三角頭が見えてくるし、アレッチ氷河を眺め渡せる山頂からは、ベルン側にある、アイガー、メンヒ、ユングフラウの名山も見える。そんな山々を眺め、車の騒音も届かない静かな山道を歩きながら、時おり深呼吸をする。なんて贅沢なことだろう。

険しい山道を、何度も何度も息継ぎの休憩をしながら、汗を拭き拭き上って、木々の間から爽やかな渓流がふっと目の前に現れたときの嬉しさも例えようがない。道中にレストランがあると思って、水道水を入れたペットボトル1本しか持たずに朝ホテルを出、結局、ほとんど飲み食いせずに午後2時ごろまで歩き続けたことも何度か。それでも、日ごろ取らない朝食を取っていたせいか、それほど空腹を感じることもなく、歩いた。

本当にただただ歩いただけの休暇だったけれど、美しい山並みや高山地帯のカラフルな景色を堪能し、2人してひどく満足した休暇だった。1週間、スイスの山を歩くということはこんなにも心を満たしてくれるのか。我ながら、驚いた。来年は、ベルナーオーバーラントを歩く予定。今から楽しみ。

滞在最後の日にやっと表れてくれた美しい夕景にも満足

いざ、ベルリンへ

去年から「行かねば」と思っていた。今年春に出版していただいた拙訳書『大事なことがはっきりするささやかな瞬間』に載せる写真を撮りに。去年は望みが叶わず、元同僚がたまたまベルリンへ行くというので、写真を撮って来てもらった。

今、また前進したり足踏みしたりしながらだけれど、この続編を翻訳しているところだ。こちらにも写真が必要なので、今回はぜひとも自分で❕と思い、今まで全く関心を示さなかった夫が突然一緒に行くと言い出したので、週末を利用して2泊で行くことにした。そして、昨日無事戻った。

まあ、ベルリンにたどり着くまでいろいろあったけれど、終わり良ければ総て良し。

Kastanienalleeにはしゃれた小さなカフェやレストランがいっぱい

テレビタワーから見ると、街区の違いがよくわかる。社会主義のなごりもあちこちに

今回の旅で思ったことは、街はとにかくホテルから出て自分の足で歩き、地下鉄に乗り、トラムに乗る!地図を見ていただけではやっぱり感覚がわからない。いつも海にばかり行っているので、久しぶりの見知らぬ都会は疲れ果てる場所だったけれど、いつか行ってみたいと思っていた場所だったので、まあ満足。スイスに比べれば、物価も断然安い。30年前まで、ここが恐ろしい壁で分断されていたのかと思うと、不思議な気がする。街並みはまったく統一感がなく、ばらばらな感じ。でも、ここはやっぱり他にはない歴史が詰まり、それを忘れたくないという空気が漂っている。

イーストサイドギャラリーの一番人気はやっぱりここ。人を写さずに絵だけを撮るのは至難の業。ここでは前の人の左腕が入った

今度は誰かの頭が……

今度こそ!と思ったけれど、また壁の前に人が立つ

それでもあきらめない!やっと誰も写っていない写真が撮れた