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我が振り直せ

おととい買い物に行ったスーパーで、容器に入ったイチゴがたくさん並べられている売り場の床で何かを踏んづけ、足が少し滑った。見ると、イチゴのようだった。私が最初に踏んづけたのか、すでに潰れたイチゴを踏んだのか、わからない。

別の売り場に行き、はっと買い忘れがあったことに気づいて、また青果売り場に戻った。すると、年配の女性から「ここ、危ないですよ。気をつけて」と言われた。見ると、さっき私が踏んだイチゴだった。彼女も踏みつけたらしい。「私もさっき踏んじゃいました」と言うと、「落とした人にはちゃんと始末してもらいたいわよね」みたいなことを言う。私は「そうですねぇ。でも、気がつかなかったのかも」などとお茶をにごす。そんなことを言っている私の横で、小言を言ったおばちゃまは、バッグからティッシュをさっと取り出し、床の汚れをさっと拭いて、目の前のごみ箱にティッシュをポンと捨てた。

今日、午後から雨という予報だったので(すっかり午後になった今もまだ青空だけど)、その前に買い物を済ませておこうと自転車でいつものスーパーへ行った。1軒目の買い物を済ませ、2軒目に行こうとしたとき、最上階に住む奥さんがちょうど自転車を停めているところに出くわした。すると開口一番、「自転車置き場、相変わらず整頓されてないわよね」と言う。2週間ほど前に開かれた住民会議で、うちのアパートの自転車置き場に子どものおもちゃがいろいろ放り込まれていて、自転車を取り出しにくいという苦情が出ていたのだ。私もよく「あ~、邪魔なおもちゃだ」と思いながら、自転車を取り出していた。今日も出入り口の真ん中に子どものキックボードか何かが転がっていて、閉口したところだった。

この奥さんのご主人は警察官で、二人ともさすがにきちんとルールを守る。それゆえ、ふと出会った時には小言もよく聞く。今回も私は適当に相槌を打って話を終わらせたけれど、買い物を済ませて帰ってくると、なんと、あのぐちゃぐちゃだった自転車置き場がきれいに整頓されていた。「彼女だ!」

小言を言う人は多い。私もきっとしょっちゅう言っている。でも、言うだけでなく、それに働きかける人は少ないのではないか。誰もやっていないから私もしないとか、損得勘定で行動したりとか、ついそんな思いが頭をよぎる。でも、似たような出来事に続いて出くわし、ちょっと反省。

ルーシャは自分のリズムを見つけたよう。外で過ごすのは相変わらず大好きで、エサもきちんと食べている。安心できるかな

あまりにも早すぎる

4月28日に1歳の誕生日を迎え、初節句も終え、ますますつややかに元気にすくすくと育っていた。昨日も日没前の暖かい陽ざしの中で、目の前の麦畑の中に身をひそめてはルーシャを驚かす、いつもの遊びを楽しんでいたのに。みんなであんなに楽しかったのに。

いつも夜食を食べにいったん帰ってきて、それから夜通し遊んでいた。昨日は帰ってこなかった。その前にたくさん食べていたからだろうと思っていた。事故がいつ起こったのかは分からない。2人の警官がベルを3回押したのは夜中の2時半だった。1度目は誰かのいたずらかなと思った。2度目、3度目と鳴ったときは嫌な予感がした。

夫が起き上がり、キッチンのガラス戸に立って誰かと話している。ああ、やっぱり……。私もパジャマのまま出ていくと、「お気の毒です」という声が聞こえた。モグリの時と同じ悲しみが沸き起こる。「ここなら大丈夫だろう」と決めた場所で、たった1年で逝ってしまうなんて。さっきまで、あんなに私たちを笑わせてくれたリーノが、ポリ袋に入って、動かないなんて。2人と2匹で長く長く幸せに暮らそうねっていつも言ってたのに、リーノは聞いてくれなかった。ルーシャを一人で置いていくなんて……。なんてお兄ちゃんなの、リーノ。

最後の写真

わんぱくだけど、ソファに座っているとぺたりと体を寄せに来る甘えん坊さんだった

ルーシャ、これから一人なんだよ。リーノはもう起きてこない

ほぼ1年ぶりの一泊旅行

リーノとルーシャと一緒に暮らすようになってから、夫と二人で外泊をしたことがなかった。今までの気楽な生活とおさらばして、猫ドアをつけてもらっていない二匹の面倒をみるという義務を背負ったからだ。寂しそうな顔をして廊下に立ち尽くすルーシャを見ると、どちらにしてもあまり外に出られなくなるけれど。リーノの方は……と脱線しそうになるのを押さえて、まずは久々の1泊旅行について。

行き先は、在スイス日本人の間で「サン森」と呼ばれているサンモリッツ。仕事がらみの旅行だった。ここまで電車で日帰りするのはたいへんなので、夫に声をかけてみたところ、週末に車で日帰りで行くことになった。ありがたや。

イースター休暇の始まりに家族を呼んでいたので、ついでに義母に泊りがけで二匹に餌をやってもらえないか聞いてみたら、OKが!! ありがたや、ありがたや。義母はうちに2泊して、立派に務めを果たしてくれた(ちょっとオーバーかも)。去年の終わりに長年連れ添ったパートナーを亡くし、1人で街中で暮らす義母はもともとフレキシブルな人で、あれやこれや口出しすることもなく、なんというか、一緒にいても全然疲れない。あ、また脱線したかな。

というわけで、久々の1泊旅行に出かけた。チューリヒ近辺はもう春の兆しがあちこちで感じられるのに、サン森は標高1700メートル以上のところにあるのでまだまだ真冬。私たちが出かける前夜から峠では雪になり、サン森につながる峠道が順調に閉鎖されていった。遠回りをして車で行くこともできたけれど、いずれにしてもイースターで南に向かう道路はきっと混んでいるはず。と読んだ夫は大正解で、雪も混じって高速道路は大混乱だったもよう。私たちはおそらく初めて電車でサン森へ。行きも帰りも電車はそれほど混んでおらず、車ばかりで電車慣れしていない夫もご満悦だった。

この町(と呼んでいいのか)には何回か行ったことがある。でもいつもちょっと寄り道する程度。今回初めて町(?)の中を歩き回って思ったことは、「人工的で冷たいなぁ」。ここは高級リゾート地。以前ときどきテレビに出ていたジェットセッターも見かけた。高級ショップが軒を並べているけれど、街並みはなんだか統一感がない。グラウビュンデン州の伝統的な建物は大好きだけれど、ここには「わあ~」と思う街並みがない。

夫が選んだ三ツ星ホテルは、豪華なパレスホテルと並ぶ由緒あるホテルだった。歴史を思わせるオブジェや明らかに人の手が作った内装が、ここでは新鮮に見える。帰り際にフロントでふと目に付いた一枚の絵には建築当時のホテルが描かれていた。今や四方を建物に囲まれているこのホテルは、当時、緑の斜面の真ん中にぽつんと建っていた。フロントのドイツ人女性が「ここにはもう20年いるけど、その間に建てられた建物といったら…」とまゆをひそめる。

でも、ここサン森には時おりメールのやり取りをするおもろい関西人が素敵なキャンドルショップを開いていて、今回もそこを訪ねて気に入ったキャンドルをいくつかゲットした。郷土博物館のエンガディン博物館でも素晴らしい伝統工芸を見た。セガンティーニ美術館にももう一度行きたかったけれど、時間切れ。何でも屋みたいな、いかにも観光客向けのレストランで食べたこの地域の名産パスタ、ピッツォケリもおいしかった。おそらく今シーズン最後の雪の中を歩き、凍った夜の湖に高く浮かぶきれいな満月も見た。

最後に大笑いしたのが、帰りの電車を待っていたまだ人影もまばらな駅のホーム。朝10時前の電車に乗ることにして、ホームにすでに入っていた電車を目の前に、少し日が差してきたので日光浴もどきをしていたら、あらら、まだ時間じゃないのに電車がガタンゴトンとホームを出ていく。すでに乗り込んでいた人もいた。「よかったね~、まだ乗らずにいて」と言いながらも、おかしいなと思っていたら、コーヒーを片手に男の人が地下通路から出てきて、狐につままれたような顔をしている。夫が「彼の荷物、電車の中なんだよ」とささやく。そばにいた私たちと「車両整備の人がいたら聞いてみたら」とかなんとか話しているうちに、私は「機関車が最後に出ていったから、きっとあれを先頭につけるためにいったんホームを出たんじゃないかな」と思いついた。そんな話をしていたら、きたきた。電車がちゃんと戻ってきたのだ。電車の中で彼を待っていた家族が窓から嬉しそうに手を振っている。奥さんのためにコーヒーを買いに行った彼は、無事家族の元に戻った。「そう言えば、今日は4月1日だね」と言ってみんなで爆笑したのだった。

ホテルのバーで暮れゆく山と湖を見ていたら、窓に面白いシーンが現れた

 

気温とともに下がる湿度に悩まされ

久々に青空の週末。シベリアから寒気がなだれ込む厳寒の日々がやっと過ぎ去り、春らしい鳥のさえずりと暖かい陽光がうれしい。来週はまた下り坂になるようだけど。

我が家はミネルギー(Minergie)という、スイスの省エネ技術を使ったアパート。チューリヒ州で新築・改築される家は、たぶんみんなミネルギーハウスではないだろうか。外気を取り込んで室内の空気を常に循環させているので、換気の必要な少ないけれど、湿気が外と同じくらいになってしまうよう。最高気温がマイナス5度くらいになると、室内の湿気は25%前後まで下がってしまう。適切な湿度は40~60%というから、かなりの乾燥だ。手はガサガサになり、唇はひび割れ、鼻もつまりやすくなる。猫アレルギーで弱ってしまった気管支にももちろん悪い。

というわけで、去年やっと寝室に入れた加湿器を今年は仕事部屋にも導入。空気の循環を低く設定して、加湿器をフル回転させても、湿度は40%にも満たないことがある。ミネルギーは断熱に優れているけれど、ここが弱点だ。この陽気で湿度も上がる。今年はそれがまたうれしい。

朋輩朋輩

ダブルの喜び

昨日は意外と疲れた1日だった。何度も大きく息を吸ったり吐いたりしたせいだろうか。

7月にリーノとルーシャが我が家にやってきたあと、喘息や目のかゆみなどの猫アレルギーの症状は2カ月ほどでなくなったものの、肺にまだ何かが溜まっているような感覚が残っていたので、秋に村の一般医に診てもらった。レントゲンでは肺に異常は見られなかったけれど、念のためコルチゾン入りの吸入薬を3カ月間服用するよう言われた。そして、アレルギーテストを勧められ、専門医の受診を手配してもらった。村の女医さんは、猫が本当に原因なら2匹は手放したほうがいいと言う。

薬を服用してまもなく胸の違和感はなくなったが、アレルギーテストで白樺やアッシュ、イネ科の植物のほか、猫アレルギーも確認された。反応は植物のそれより少なかったけれど、アレルギー専門医の女医さんも「関係ないの。かわいそうだけど、猫は手放した方がいいわね」と泣いたような笑ったような顔をして言った。

アレルギーの症状は吸入薬を服用する前にすでになくなっていたし、今はほぼ普通に戻っていると言っても「肺のわずかな炎症は、自覚症状がほとんどないのよ。ひどい風邪にかかったりしたら命取りになる場合もあるからね」と脅すようなことを言う。私は春の花粉症の時期まで待って、どんな症状が出るかを確認したかったので、そう言うと、「じゃあ、こうしましょう。呼吸器内科の専門医のところで肺の検査をしてもらいなさい」。こうして再び別のお医者さんへ行くことになった。検査は吸入薬の服用をやめてから少なくとも2週間が経過していないといけない。アポを取ったら1月ということになった。それまでになんとか肺と気管支を鍛えなくちゃと、ツボを毎日押さえたり、これまでほとんど口にしなかった蜂蜜をたくさん摂取したりした。

 

そして昨日がその検査の日だったのだ。私は「絶対大丈夫。もしダメでもすぐにはあきらめない」とずっと思っていたので、自分では緊張しているつもりはまったくなかった。その専門医の男性も、テストをしてくれた奥さんらしき女性も、二人一緒のときの雰囲気もすごく和やかで感じがよかった。冗談を言い、笑い合った。

1時間ほどですべての検査を終え、いよいよ結果を聞くときがきた。よく覚えていないけれど、開口一番、お医者さんは「あなたは猫を飼っている。それが現状だ」というようなことを言った。微妙なセリフ……。結論から言うと、「猫は手放さなくてもいい」ということだった。気管支に軽いアレルギー性の炎症があったけれど、肺機能は正常だった。彼にとっては肺がきちんと機能していることが一番大切で、大人なんだからあとは自分の体のことは自分である程度管理できるはずだと言う。それを聞いた途端、ウルウルし始めていた目から涙がこぼれた。

頭から猫を手放せと言ったあの女医さんたちとなんという違い!彼は肺の専門医で、きちんとした数字を見た上での判断だったにせよ、数字だけではなく人の心も考慮してくれる懐の広いお医者さんだ。そして、患者と同じ目線で話をしてくれる。もうすぐ花粉症が始まることもあり、念のためにこれまでよりコルチゾンの量が少ない子ども用の吸入薬の服用を勧めてくれたが、私が「春になって花粉症が始まるまで待ちたい。どんな症状が出るのか確認したい」と言ったら、すぐに了承してくれた。そして「これで命を落とすことはないからね」と誰かさんとは正反対のことを言った。

これは一般医あるいは専門外の医者と専門医が置かれた状況の違いからくる差かもしれない。でも、人間性の違いもあると思う。体の健康だけでなく、心の健康のことも考え、患者に一番いい方法を提案する。そんなお医者さんはあまりいないのではないか。そんなお医者さんに出会えたこと、これからもルーシャとリーノと一緒に暮らせること、昨日は二重の喜びを味わった一日だった。

検査を終え、帰りのバスを待つ間に、路上で売られていた春の花を買った。2人と2匹がこれから長い間一緒に暮らしていけるお祝いに。

いつまでも一緒にいようね