月別: 2019年7月

夏休み

チューリヒ州が夏休みに入って2週間が過ぎた。わが住宅街も、子どものいる家庭はどんどんバカンスに出かけていったようで、目の前の原っぱから子どもたちの姿が消えた。学校の校庭も閑散としている。雨の日でも雪の日でも、子どもたちは元気に校庭を走り回り、遊具で遊び、ワイワイとにぎやかなのに。そんな姿を見るたびに思うのは、原発事故の後、外で遊べなくなった子どもたちのことだ。被災者に心を寄せる人は、情報が全く入ってこないと嘆いている。苦しい、不安な毎日を過ごしているのに、心情を吐露できない雰囲気が漂っているというのは、二重の苦しみに違いない。みんな、それぞれの心配ごとを抱えて生きている。それなのに、社会が分断してしまうのは、とても悲しいことだと思う。

暑さのせいか、毎日、夕焼けが素晴らしい

日本は最近になってようやく夏らしくなった、とある人から聞いた。こちらは先週、また30度以上の日々が続いていた。庭の花たちの元気がなくなりかけたころ、待望の雨が降った。昨日の日曜日は1日中雨だったけれど、本当に恵みの雨だった。庭がなかったころは全然思いもしなかったけれど、毎朝花畑やハーブ畑を見て周る習慣がついた今は、気候への関心が増した。

雨は降らないのに、日本でもよく知られている山間の町ツェルマットは、先日洪水に見舞われた。連日の猛暑で氷河が大量に溶けたせいだ。今ですらもうこんな状態なのだから、数年後、数十年後はどうなっていることか。その前に義妹宅で家族が集まった際、温暖化や環境の話になり、中学生の甥っ子が「僕たちが生きている間はまだ何ともないからね」とふと漏らした。私はそれを聞いて「だから?何もしなくていいの?」と思わず声を大きくして言った。大人がみんな「そうだよ」と同意したので、甥っ子は黙ってしまった。今、ヨーロッパでは生徒たちが温暖化デモを盛んに行っている(今は夏休みで中断?)。私はこれを、頼もしくも、もしかしたらただのトレンドで終わってしまうのではないかと、ちょっと斜に構えて見ている。嫌な奴?でも、世界中で起こっている異変を見て怖くなるのは、私一人ではないはず……。

夏真っ盛り!

ウォークマンって何?

少し前、スイス国営テレビだったろうか、ウォークマンが発売されて40年というニュースを流していた。その中で、街を行く若者に「ウォークマンって何か知ってる?」と質問したのだが、知っている子は一人もいなかった。私たちの世代の青春時代(死語?)には、ウォークマンは今のiPodのように常に携帯され、耳にはイヤフォンが突っ込まれていた。たった40年でウォークマンに代わる製品が出てこようとは、あの頃いったい誰が想像しただろうか。

スイスではまだまだ一般家庭には普及していないけれど、日本では今や冷房のない家などないだろう。北海道はわからないけれど。ウォークマンからさらにさかのぼって、思いはなぜか保育園に通っていたころへ。お昼寝の時間になると、ビニール製の編み込みマットの上に子どもたちを寝かせ、保母さんが団扇を持って歩き回りながら風を送ってくれた。裸足の足の裏がマットにちょっとくっついては離れるときにぺりっと音がするのが好きだった。おばあちゃんが載せてくれた乳母車の車輪ががたごと鳴る音も。雨傘に落ちる雨の音。鯉に酸素を与えるためにこぽこぽと池に流れ落ちる水の音。懐かしい、やさしい音へと思いはさかのぼっていく。

週末によくジョギングに行くコースである日、若い子がイヤフォンをはめてジョギングしているのを見かけた。天気が良く、空からいろんな鳥の鳴き声が降っていた。森の中にいて、こんな素敵な自然の音色を聞き逃すなんてなんてもったいないと思ったけれど、考えてみたら、あの子くらいの歳の時には、私もきっといつもイヤフォンをはめて音楽の世界に浸っていたのだろう。

うちから眺める西の空は、毎日いろんな顔を見せてくれる